プリンス
日産
1960年代
1970年代

グロリア(総論)

プリンスが培った技術力を備えた秀作
新世代グロリアの開発を進めていたプリンスの開発陣。 プリンスの名に恥じない高級サルーンを目指していた。 しかし、1966年に日産との合併が現実のものに。 1959年の初代から数え3代目となった グロリア(A30型)は、日産の名を冠し登場することになる。
プリンス
日産
1960年代
1970年代

プリンス・ロイヤル

高い技術力で作り上げた国産御料車
日本屈指の高い技術力を持ち、 数々の名車を生み出してきたプリンス自動車。 その究極形といえるモデルが、 国産初の御料車として採用された プリンス・ロイヤルだろう。 しかし、このモデルが宮内庁に納入されるまでには、 さまざまなドラマがあった。
ダットサン
日産
1960年代

フェアレディ1600

シルビアの心臓を積み、走りを磨いたSP311
1962年10月、フェアレディの名が 初めて国内で使われた フェアレディ1500(SP310)が登場する。 その発売から約2年半あまり、 フェアレディは1600ccユニットを搭載するなど、 大きな変更を受ける。 165km/hのトップスピードを誇ったSP311の誕生である。
ダットサン
日産
1950年代
1960年代

スポーツS211

国産スポーツカーのパイオニア
国産スポーツの第一歩となった DC-3から7年が経過した1959年。 沈黙を破り、FRPのモダンなスタイリングを纏った 「ダットサン スポーツS211」が発売となった。 フェアレディを名乗る輸出専用モデルへと 短期間のうちにスライドするが、 そのスピリットは、最新Z-CARへ、 確かに受け継がれていく。
日産
1960年代
1970年代

フェアレディZ432

鮮烈な速さを印象づけた生粋サラブレッド
最強のフェアレディZ、それが“432”だ。 レーシングフィールドから生まれた珠玉の S20型DOHC24Vユニットを搭載し, 210km/hのトップスピードをマークしたトップアスリートである。 432のネーミングは“4バルブ、3キャブ、ツインカム”に由来し、 高度なメカニズムをストレートにアピールしていた。 世界のスポーツカーシーンを変革した初代Z-CARの頂点。 しかし、その生涯は意外なほど短命だった。
プリンス
日産
1950年代
1960年代

プリンス・スカイライン(ALSI)

先進技術を投入したこだわりセダン
歴代スカイラインは、独自の個性を持つクルマだ。 この伝統は1957年4月に登場した初代モデルから変わらない。 高い技術レベルを誇った開発陣のこだわりは 従来にないタフさと快適性の融合。 初代モデルは、国産初のド・ディオン・アクスルを採用した足回りや パワフルなエンジンで俊敏で快適な走りを実現し 伸びやかなスタイリングでユーザーを魅了した。 イタリアンデザインのパーソナルカーも話題を呼ぶ。
日産
1960年代

フェアレディ2000

気骨あふれるスパルタン・スポーツ
フェアレディ2000は圧倒的な性能が魅力の “貴婦人”。 トップスピード205km/hを誇り、 ゼロヨン加速は当時日本車最速の15.4秒。 トラディショナルな2シーターオープンながら、 鮮烈なパフォーマンスでモータースポーツでも大活躍した。 ドライビングには相応のテクニックを必要としたが それさえも魅力だったスパルタン・スポーツ。 アメリカでも愛された国際派レディである。
ダットサン
日産
1960年代

1200トラック

ブルーバードの雰囲気を持つタフな相棒
1959年に登場した初代ブルーバードは多くのファンを獲得。 乗用車の代名詞的な存在へと瞬く間に成長した。 日産自動車では人気のブルーバードのイメージを 商業モデルにも拡大展開することを決定。 積極的にモデルの改良を図った。 1961年に登場したダットサン・トラックは まさにブルーバードの洗練されたイメージを携えていた。
日産
1970年代

チェリー1200X-1

欧州で評価された“超えてる”FFコンパクト
1970年に登場したチェリーは クラスレスの魅力を発散する“革新”の小型車だった。 エンジン横置きのFFシステムをはじめ、 メカニズムはすべてが新しく、スタイリングも新鮮。 旧プリンスの設計チームが手がけただけに 時代をリードする新しさに満ち溢れていた。 とくにスポーツモデルのX-1は、鮮烈な走りのマシン。 欧州でも高い評価を受けたエポックモデルだ。
プリンス
日産
1960年代

スカイライン2000GT

スポーツカーの速さを持った“初代赤バッジ”
スカイライン2000GTを生みだしたもの、 それは誇り高いプリンス技術陣の悔しい思いだった。 1963年の第一回日本グランプリでプリンスは メーカー間の紳士協定を忠実に守り 市販状態そのままのクルマで参戦。惨敗を喫する。 自らの技術力に対し絶対的な自信を持っていたプリンスにとって 敗北は受け入れることのできない屈辱だった。 第二回日本グランプリでは絶対に優勝する! その強い意思が奇跡を生み、スカイライン神話を樹立する。