Aクラス 【1997,1998,1999,2000,2001,2002,2003,2004】

新発想と技術で作り上げた革新コンパクト

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新パッケージを採用したコンパクトカーの企画

 ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州に位置する広大な森林地帯のシュヴァルツヴァルト(黒い森)が酸性雨や大気汚染の被害で大量に枯死し、環境問題への対処が大きくクローズアップされた1980年代中盤の西ドイツ。原因のひとつとされた自動車の排出ガスに対し、政府や環境団体などからは自動車メーカーに早急な改善策が突きつけられた。

 この状況に対して、プレミアム自動車メーカーであるダイムラー・ベンツは内燃機関の改良や新しい触媒の採用などを鋭意実施していく。一方で開発現場では、サステイナブルモビリティ(Sustainable mobility=持続可能なクルマ社会)の実現を目指した環境に優しい新型車の企画を推進。1993年開催のフランクフルト・ショーでは、環境対応車のひとつの方向性を示すコンセプトカーの「Vision(ビジョン)93」を発表した。

 メルセデスブランドとしては最小のコンパクトボディを纏ったVision93は、基本骨格に“サンドイッチ コンセプト”を取り入れた二重フロア構造を採用する。パワートレインに有害な排出ガスを出さないモーター+大容量バッテリー、または燃料電池システムなどの搭載を想定したことから、フロア下に電池システムや水素貯蔵システムなどをレイアウトし、そのうえで広い室内空間を確保した高効率パッケージを実現することがサンドイッチ コンセプトの狙いだった。また、この方策は一部パワートレインの床下配置によってクラッシャブルゾーンを維持しながらのフロントセクションのコンパクト化を可能としていた。

 Vision93は開発コストやシステムの完成度などの問題から電気自動車(EV)および燃料電池車(FCV)としての企画は一時見送られるものの、内燃機関を搭載したFFコンパクトカーの位置づけで量産化へのゴーサインが出される。ダイムラー・ベンツとしては、これからの環境対応時代により適応した小型車、それも既存のメルセデスユーザー以外にアピールできて顧客層の拡大につながる新しいFFコンパクトカーをどうしても設定したかったのだ。

メルセデス・ベンツ初のFF小型ハッチバック車のデビュー

 メルセデスブランド初のFFコンパクトカーは、1995年1月に最終の車両デザインが決定。そして、1997年8月にドイツのラシュタット工場で生産を開始し、10月より「Aクラス」の車名を冠して市場に放たれた。
 W168の型式を名乗る初代Aクラスは、基本骨格にVision93のサンドイッチ コンセプトを踏襲した二重フロア構造の新設計ボディを採用する。パワートレインの一部をフロア下に配置することで、コンパクトな全長ながら広い室内空間と高い衝突安全性を確保。さらに、サイドメンバーの強化や3層構造の高剛性フロントピラーの導入、曲げ剛性をアップさせたセンターピラーの採用などにより、キャビン部の変形も大幅に抑制した。

ボディタイプはホイールベース2425mmの5ドアハッチバックで、サスペンションにはフロントにストラット/コイル、リアにトルクアーム/コイルをセットする。搭載エンジンはクランクケースやバルブのロッカーアームなどにアルミ材を採用して軽量に仕立て、さらにシリンダーを前方に59度傾斜させた新設計ガソリンユニットのM166 E14型1397cc直列4気筒OHC(82ps)とM166 E16型1598cc直列4気筒OHC(102ps)をラインアップし、前車がA140、後車がA160を名乗る。駆動レイアウトはFFで、トランスミッションには5速MT/電子制御5速ATを組み合わせた。

コンパクトで広い絶妙パッケージングで誕生

 スタイリングについては、大型のスリーポインテッドスター・エンブレムを配した立派なグリルを組み込んでメルセデスらしい顔を演出したうえで、フロントセクションからルーフおよびサイドにかけてスムーズに空気が流れるエアロボディを構築。また、特徴的なサイドウィンドウグラフィックやサイドまで回り込ませたリアウィンドウ、極端に短い前後オーバーハング、厚みのあるフェンダーラインなどによってスタイリッシュかつ個性的なエクステリアを創出した。

インテリアについては、全長の約70%をキャビンおよびラゲッジルームにあてた効果でミディアムクラス車並みの室内長と広い荷室空間を実現。また、助手席と後席に脱着式シートを組み込み、多彩なスペースアレンジを演出する。インパネは伸びやかな造形のT字型形状で構成。フロアの二重構造化によって床面が高めに設定されているため、運転姿勢は足を前方に投げ出す感じの独特のポジションとなった。

エルクテストによる横転への対処

 意気揚々とデビューしたFFコンパクトカーのAクラス。しかし、予想外の事件が同車を襲う。発売から1カ月ほどが経過した1997年11月、自動車雑誌がスウェーデンで実施したエルクテスト(エルクはヘラジカ=Alces alcesの意。走行中にヘラジカなどの動物が突然進路上に現れたとき、それを素早く回避するという想定で行う車両試験)において、Aクラスが横転するという失態を演じてしまったのだ。車高および重心高の高さが主要因となった横転は、安全性や信頼性で高い評価を受けてきたメルセデスブランドにとって、大きなイメージダウンにつながった。

 信頼回復を目指して、ダイムラー・ベンツの開発陣はすぐさまAクラスの改良に着手する。そして、シャシーのセッティング変更やESP(エレクトロニックスタビリティプログラム)の装備、タイヤサイズのワイド化およびトレッドの拡大などを実施し、何とかエルクテストをパスする緊急回避性能を身につけた。

車種バリエ—ションの拡大と緻密な改良

 エルクテストへの迅速な対応によって奇しくも完成度を高めたAクラスは、優れた機能性とメルセデス車としては安い車両価格などが奏功し、次第に販売台数を伸ばしていく。ダイムラー・ベンツ自体は1998年に米国のクライスラーと合併してダイムラー・クライスラーに組織変更するが、Aクラスの好調は持続した。また、同年中にはコモンレール直接噴射式ディーゼルターボユニットのOM668 DE17型1689cc直列4気筒DOHCエンジン(60ps〜90ps)を採用したA160CDI/A170CDIを追加。ディーゼル需要の多い欧州市場で高い人気を博した。

 1999年モデルになると、ガソリンユニットのM166 E19型1898cc(日本仕様は1897ccと表記)直列4気筒OHCエンジン(125ps)を搭載したA190が設定される。また、同年中にはブラジルのジュイス・デ・フォーラ(Juiz de Fora)工場でAクラスの生産を開始した。2001年にはフェイスリフトを行い、前後バンパーやランプデザインの刷新、内装パーツの一部デザイン変更、ディーゼルエンジンの改良(OM668 DE17 LA型。75ps〜95ps)などを実施する。さらに、ホイールベースを2595mmに伸ばしたロングバーションのLシリーズをラインアップに加えた。

2002年になると、ハイパフォーマンスモデルのA210Lエボリューションが登場する。搭載エンジンには140ps/20.9kg・mのパワー&トルクを発生するM166 E21型2083cc直列4気筒OHCユニットを採用。足回りは強化したスポーツサスペンションにAMGアルミホイール+205/40R17タイヤ、前ドリルドベンチレーテッドディスクブレーキで武装した。また、外装には専用デザインのフロントグリルやエアロパーツ、デュアルクロームエグゾーストエンドなどを装備。内装には専用の本革巻きスポーツステアリングや本革巻きマットクロームシフトノブ、シルバーメーターパネル、ステンレス製ペダル、エボリューションデザインのアルカンタラ・本革シートなどを装着した。

水素燃料電池車 “F-Cell”の公道走行試験を2003年より実施

 ダイムラー・クライスラーは、Aクラスの進化のいち過程としてパワートレインに燃料電池を選択。2002年10月には、Aクラスをべーとする「F-Cell(エフセル)」を発表した。電動機は65kW/210Nmを発生する誘導式のインダクションモーターで、燃料電池システムには最大出力68.5kWの固体高分子型/セル数440を組み合わせる。バッテリーには出力(連続/最大)15/20kW、容量6.5Ah/1.4kWのニッケル水素電池(NiMH)を搭載。燃料は圧縮水素(35MPa)で、専用の高圧水素貯蔵システムを採用する。

燃料電池システムおよびの高圧水素貯蔵システムは、サンドイッチ コンセプトで生まれた床下のスペースに配置した。メーカー公表値で航続距離150km、最高速度140km/h(スピードリミッター作動)の性能を誇るF-Cellは、2003年から2004年にかけて本国ドイツのほか、日本、アメリカ、シンガポールで計60台を試験するプログラムを策定。日本では2003年3月に国土交通大臣の認定を取得し、経済産業省が支援する「水素・燃料電池実証プロジェクト(JHFCプロジェクト)」への参加のもと、F-Cellの公道走行試験が行われたのである。

メルセデス車のユーザー層の拡大に貢献

 着実な改良で魅力を増していったW168型のAクラスは、2004年10月に2代目となるW169型がデビューしたのに伴い、生産が中止される。トータルでの販売台数は約110万台に達した。
 プレミアムブランドにおけるコンパクトカーの新しい造り方を確立し、しかもメルセデス車のユーザー層を大きく広げたヒット作の初代Aクラス。同社初の量産FFコンパクトカーとして、そしてBセグメントの開拓車として、さらにはトラブルへの対応を学ばせた貴重な経験車として、メルセデス・ベンツ史に名を刻むメモリアルな1台である。