リーザ・スパイダー 【1991】

オープンボディのスペシャルティK-CAR

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個性的な軽自動車の登場

 軽自動車の個性化とハイパワー化が一気に進んだ1980年代後半の日本の自動車市場。この状況下でダイハツ工業は軽自動車のさらなる車種強化を図り、1986年12月にはミラ/クオーレに続くスペシャルティ色の強い「リーザ」をデビューさせた。

 リーザはパーソナルユースをメインにした3ドアハッチバック車で、“エアロヘミサイクル”と呼ぶ半球形のスタイリングに前席重視の室内レイアウトを採用する。また、電動ドアミラーやAM/FM電子チューナーといったクラス初の快適アイテムも装備した。車両タイプはL100S型系のセダンとL100V型系のバンを用意し、販売の主力には物品税の安いバンを据える。搭載エンジンはEB型系547cc直3OHCの自然吸気(32ps)とターボ仕様(50ps)の2機種を設定した。

 リーザは、1989年1月にEFIの燃料供給装置を採用したターボ付きEB26型エンジン(64ps)を搭載するTR-ZZを追加し、同年10月には特別仕様車のケンドーン/クラブスポーツをリリースする。そして1990年8月には、軽自動車の新規格に対応したEF-HL型系659cc直3OHCエンジン(50ps)を積み込み、ボディも大型化したL111S型系に切り替わった。

ライバルメーカーがもたらした新企画

 市場ニーズに則したリーザの改良を着実に図る一方、ダイハツの開発陣は同車のスペシャルティ度をさらに引き上げる企画を打ち出す。“オープンボディ”の採用だ。1980年代終盤、軽自動車をリリースするライバルメーカーは後にバブル景気といわれる好況を背景に、スペシャルティ度満点の新型軽カーの開発に積極的だった。ホンダはMRオープンスポーツのビートを、スズキはクーペ/タルガ/フルオープンに変身するFRスポーツのカプチーノを、マツダはガルウィングドアを組み込んだMRスポーツのオートザムAZ-1を企画する。これらのモデルは専用ボディとメカを採用するブランニューの新型車として開発されるが、ダイハツは既存車のオープンボディ化という方策をとった。

参考出品時は4シーターオープン

 オープンカーのリーザは、まず1989年開催の第28回東京モーターショーに参考出品される。車名は往年のコンパーノのオープン仕様に倣って「スパイダー」のネーミングが付けられた。このモデルは福岡のコーチビルダーが製作したもので、スポーツグレードのTR-ZZをベースとする。ハッチバックのルーフはAピラー以降を大胆にカット。そこに補強のためのドア三角フレームと折りたたみ式の幌を装着し、室内レイアウトはベース車と同じ4シーターのままとしていた。

 黒いボディ色でスポーティに演出されたショーモデルのリーザ・スパイダーは、現実的なフルオープン軽自動車として観客の注目を集める。当時のスタッフによると、「ちょっと見では展示車の完成度がかなり高かったため、多くの来場者がすぐに市販されると思ったようです。だから販売時期や価格を尋ねる人が予想以上に多かった」という。これに自信を深めたダイハツの首脳陣は、リーザ・スパイダーの市販化にゴーサインを出した。

2シーターオープンに改良されて市場デビュー

 市販版のリーザ・スパイダーは、新規格モデルをベースとすることが決定される。オープン化に当たっては、幌の収納性やボディ後部の剛性確保を検討した結果、2シーターに変更。また、ボディ補強に伴う重量増に対応するため、搭載エンジンはEF-JL型659cc直3OHC12Vインタークーラー付きターボ(64ps)に1本化した。
 オープン化に当たって開発陣が苦労したのは、やはりボディ剛性の確保と幌の設計だった。ボディについてはフロアやドア、さらにコクピット回りを可能な範囲で補強。幌に関しては防水性と格納操作性(手動開閉式)、デザイン性などを踏まえながら開発していく。とくに防水性能では、開発の最終段階までシールゴムの形状チューニングを繰り返した。

 開発陣は内外装の演出にもこだわる。エクステリアではベルトラインに連続するリアスポイラーやカラードバンパー、アルミホイールなどを装着。インテリアでは人工皮革のプリセームバケットシートやモモ製本革巻きステアリングといったスポーティなアイテムを標準装備した。

 当初リーザ・スパイダーは改造自動車扱いで発売することを予定していたが、役所から「指定自動車扱いにするように」という指導があり、急遽認証車両を製作して公式試験を受ける。これにパスしたのが1991年9月。その2カ月後には、ついに発売にこぎつけた。
 苦労を重ねた末に市場に放たれたリーザ・スパイダー。しかし、軽のオープンスポーツとしてはホンダ・ビートやスズキ・カプチーノの影に隠れ、また走行性能の面でもクローズド時の幌のバタつきやボディの剛性不足が指摘されてしまう。結果的にリーザ・スパイダーは1992年に生産を終了。リーザの実質的な後継モデルとなるオプティではオープン仕様が設定されず、ダイハツ製オープン軽カーの再登場は2002年6月発表のコペンまで待たなければならなかったのである。