ダイハツ
1960年代
1970年代

ダイハツの歴史2 第ニ期/1968-1977

新たな経営戦略と車種展開の拡大
中堅メーカーが経営基盤の強化を 模索していた1960年代後半、 コンパクトカー・メーカーのダイハツ工業は 資本強化のためにトヨタと業務提携する。 1970年代に入ると月販3万台の実現に向けて、 車種ラインアップと工場の拡大に驀進した。
トヨタ
1960年代
1970年代

2000GT

世界が驚いた日本が誇るサラブレッドスポーツ
トヨタ2000GTは、欧米のコレクターからも “クラシック”として認知されている名車中の名車。 見る者を魅了する流麗なフォルム、精緻なメカニズムもさることながら、 世界速度記録への挑戦や007シリーズのボンドカーへの抜擢など、 名車にふさわしいストーリーの持ち主だ。 トヨタ2000GT、それは成熟に向かっていた日本の「夢の結晶」だった。
ホンダ
1970年代
1980年代

ホンダの歴史3 第三期/1976-1984

自動車総合メーカーへの躍進
シビックの成功で勢いを増したホンダは、 1970年代中盤から1980年代前半にかけて 車種ラインアップの大幅な拡大を実施する。 同時に新しいディーラー網も構築。 海外ではアメリカに4輪車工場を建設し、 欧州メーカーとの提携も実現した。
スズキ
1970年代

フロンテ・クーペ

時代を越える秀逸スタイルの2シーターKカー
人々がクルマのパーソナルユースに目を向けた70年代のはじめ。 時代を代表する個性的な軽自動車が登場した。 スズキが放ったこのフロンテ・クーペは、 ジウジアーロが手掛けたスタイリングを採用。 2人のための空間を用意したスペシャルティ軽自動車の登場である。
スズキ
1960年代
1970年代

スズキの歴史2 第二期/1966-1977

軽自動車メーカーとしての発展
スズライト・フロンテやバンの開発で、 軽自動車メーカーとしての確固たる地位を 築き始めた鈴木自工は、1960年代後半に入ると 小型車のマーケットにも進出する。 同時に軽自動車のラインアップもさらに強化。 排出ガス規制にも2ストロークで挑んだ。
ホンダ
1970年代

Z

もう1台のZ! 軽自動車初の本格スペシャルティカー
初代ホンダZは、「遊びゴコロ」を満載した キュートなスペシャルティカーである。 現在の水準でも斬新な個性あふれるスポーティなルックスと、 ユーティリティ抜群の2+2パッケージングが融合。 全身にホンダ・スピリットが宿る、 未知の可能性を秘めたスペシャルモデルだった。
スバル
1970年代
1980年代

レックス

鮮烈ウェッジ・シェイプを纏う前衛ミニ
レックスは軽自動車の老舗であるスバルが 満を持してリリースした意欲作である。 風を切り裂く大胆なボディデザイン、 クラストップのパフォーマンス、 そして豪華な装備と快適性…… レックスはひとクラス上の実力を持つ スバルの技術力の結晶だった。
三菱
1970年代
1980年代

ミラージュ

新時代の到来を告げたスーパーFFモデル
三菱の技術力をフルに結集したコンパクトカー、 それがミラージュだった。 日本だけでなく海外マーケットも視野に入れた国際車で、 各部に意欲的な設計を導入。 副変速機を用いた4×2速ミッションなど、 走りを楽しくする工夫で話題を振りまいた。
日産
1970年代
1980年代

日産の歴史3 第三期/1973-1984

排出ガス規制の克服と車種の拡大
1970年代中盤の日産自動車は、 他メーカーと同様に石油危機による供給制限と 排出ガス規制への対応に苦慮することになる。 難題を克服した同社は、1970年代末ごろから 車種展開の拡大と施設の増強を実施し、 トヨタへの追撃体制を構築していった──。
マツダ
1970年代

コスモAP

マツダ渾身の高級スペシャルティカー
第4次中東戦争に端を発したオイルショックで、 最も苦境に立たされたのは東洋工業だろう。 燃料消費の多いロータリーエンジンは、 市場から“悪いエンジン”のレッテルを貼られ、 結果的に販売台数は大きく下落する。 しかし開発陣はロータリー車の開発を諦めなかった──。