トヨタ・デザイン03 【1962,1963,1964,1965,1967】

斬新な軽量スポーツカーとフラッグシップGTの開発



スポーツカー開発気運の高まり

 独自企画の国民車となるパブリカの開発などを進める一方、トヨタ社内ではひとつの気運が盛り上がっていた。走りが楽しめる高性能モデル、すなわちスポーツカーを製作するというムードだ。
 1960年代前半は日本グランプリを筆頭とするモータースポーツイベントが積極的に催された時期で、それに呼応するように開発現場では走りの性能に磨きをかけたスポーツカーの企画・製作に力が注がれる。そして日産自動車はフェアレディ1500を、4輪車市場への本格進出を画策する本田技研工業はS(スポーツ)シリーズを市場に放った。

 スポーツカーのムーブメントは今後ますます盛んになる。それに精悍なスタイリングを有するスポーツカーは会社のイメージを向上させる要素になるし、格好の宣伝材料にもなる−−。最終的にトヨタ自工の首脳陣はスポーツカーの開発を決定。しかも、コンパクトクラスと2リッター クラスの2本立てでスポーツカーを展開する方針を打ち出した。

空力特性を徹底追求した軽量スポーツカー

 スポーツカーという未知のクルマの製作に当たり、開発陣がベースとして選んだのは、パブリカのコンポーネンツだった。これで運転が楽しく、しかも安価に収まるライトウエイトスポーツを造ろうとしたのである。開発を主導したのはパブリカの主査でもあった長谷川龍雄氏。さらに、元日産のデザイナーで当時はトヨタ系列の関東自動車工業に在籍していた佐藤章蔵氏も企画に加わった。

 トヨタ自工と関東自工がタッグを組み、主に関東自工側で設計と試作が進められた新ライトウエイトスポーツは、1962年開催の全日本自動車ショーにおいて「パブリカ・スポーツ」の名で初披露される。スタイリングについては徹底して空力特性を追求。空気の剥離を抑えた滑らかな曲線フォルムを基調に、戦闘機に似たスライド式キャノピーを装備する。軽量化も重視し、モノコックボディに薄い鋼板を使ってその内部に発泡ウレタンを充填させて強度を確保するという手法を採った。1964年開催のショーになると、量産型に近い仕様が公開される。特徴的だったスライド式キャノピーは、生産性や使い勝手を考慮して廃止。一方で、着脱式ハードルーフと左右ドアを組み合わせる、いわゆる“タルガトップ”を新採用した。

 回流水槽を用いた流体テストやボディの改良などを繰り返したトヨタ版ライトウエイトスポーツは、1965年3月に「スポーツ800」の名でついに市販デビューを果たす。スタイリングは流線形フォルムを基礎にフロント面積の縮小やボディ高の抑制、国産車初の曲面ドアウィンドウガラスの採用、ヘッドランプ部の樹脂カバー化などで空気抵抗を低減。同時に、エンジンフードやトランクリッドといった要所をアルミ材で仕立て、車両重量は580kgに抑える。ほかにも気軽にオープン走行が楽しめる着脱式ハードルーフや強化されたシャシー、バケットタイプのシートにアルミ地を活かしたメーターパネルなどを採用し、独自のスポーティ性を強調した。

技術の粋を結集した本格グランツーリスモ

 パブリカ・ベースの軽量スポーツの開発が進むなか、トヨタ自工ではもうひとつのプロジェクトが進行していた。ヤマハ発動機との共同開発スポーツだ。トヨタ自工がクルマのスタイリングと基本構成を担当し、ヤマハはエンジンの開発と細部の煮詰めなどを担った。また要所要所で意見を集約させ、それぞれの得意分野を踏まえた開発箇所が検討される。プロジェクトのリーダーにはトヨタの河野二郎氏が就いた。

 トヨタとヤマハ渾身のスポーツカーの企画は、まず1965年に開催された東京モーターショーで陽の目を見る。試作版の「トヨタ2000GT」が雛壇に上がったのだ。そして1966年5月には、完成度を高めたプロトタイプが第3回日本グランプリに参戦して3位に入賞。翌6月の鈴鹿1000kmレースでは、クラスのワンツー・フィニッシュを達成した。また、同年10月には谷田部高速試験場において高速耐久トライアルを敢行し、3つの世界記録と13の国際新記録を樹立する。さらに同月開催の東京モーターショーでは、映画『007は2度死ぬ』のボンドカーとして使われるコンバーチブル仕様を出展した。

 公開の場での様々なテストやティーザーキャンペーンを展開したトヨタ2000GTは、1967年5月になってようやく市販を開始する。X型バックボーンフレームと前後ダブルウィッシュボーンサスペンションの上に被せられるボディは、リトラクタブルライトを配したロングノーズとファストバックの組み合わせによる流麗なスタイリングで構築。また、深く湾曲させたフロントウィンドウシールドや滑らかなコーナー処理、なだらかに下降するルーフセンター、床下の平滑化などを導入して空気抵抗を低減させた。内装の演出も豪華で、ローズウッド材のインパネやレザー表地のバケットシートなどが奢られる。搭載エンジンは新開発の3M型1988cc直6DOHCで、150ps/18.0kg・mのパワー&トルクを発生した。

 市販に移されたトヨタ2000GTは、その車両価格でも大きな注目を集める。トヨタ自工の旗艦であるクラウンの約2倍となる238万円という値札をつけていたのだ。トヨタ2000GTは華やかなスタイリングや高度なメカと同時に、高嶺の高級グランツーリスモとしても市場に印象づけられたのである。