メルセデス・ベンツSL 【1989,1990,1991,1992,1993,1994,1995,1996,1997,1998,1999,2000,2001】
伝統を継承しながら最新技術を盛り込んだ珠玉の4代目
1970年代後半から1980年代の半ばにかけ、すべての量販セグメントでセダンおよびステーションワゴンの刷新を図ったメルセデスの開発陣。しかし、重要なモデルの全面改良がまだ果たされていなかった。フラッグシップスポーツであるSLクラスだ。3代目のR107系は1971年のデビュー以来、数々の改良を重ねながら1980年代に入っても生産ラインに乗り続けていたのである。
1980年代といえば、クルマにハイテクが積極採用された時代。車両デザインについても、新しいアプローチが次々と実践されていた。旧態依然となったSLは、いつフルモデルチェンジするのだろう−−。そんな市場の声は、当然メルセデスの開発現場にも聞こえていた。しかし、より量販が見込めるW201やW124の企画に忙殺されたため、次世代SLのプロジェクトは後回しになる。コードネーム“R129”と名づけた4代目SLの開発作業が本格的に始まったのは、他の新型車の完成にある程度の目途がついた後の1982年ごろから。開発テーマとしては、SLの伝統を受け継ぎながら、スタイリングやインテリア、走り、安全性など、すべての面において“世界最高峰のロードスター”に仕立てることを目標に掲げた。
ボディに関しては、当時の世界トップクラスの安全性と高剛性を確保したオープンタイプのモノコック構造を採用する。基本骨格は高強度材を多用したボディや曲げ剛性を高めた接合部位、補強材を組み込んだAピラーとキャビン回り、要所に配置した強化プレス形状、耐衝撃性の高いドア構造で構成。また、フロントメンバー部とフロア部で特性の異なる材質を使い分け、衝撃を段階的にやわらげるプロテクション構造を導入した。さらに、車体の片側に受けた衝撃を外側、中心部、床の3つの方向に分散して受け止める三叉式緩衝機構を取り入れる。ホイールベースは既存のR107系より55mmほど長い2515mmに設定した。
ルーフ部については、電動開閉式のソフトトップに加え、脱着が可能なハードトップを装備する。ソフトトップはハードトップより2カ所多い固定ピポッドやしっかりとした内張りなどにより、優れた密閉性と防音性を確保。電動開閉機構はコンピュータ制御の油圧作動システムによってフルオープンからソフトトップまでを約30秒で完了させた。一方、脱着式のハードトップは軽合金で仕立て、重量は約34kgに抑える。また、精密なロック機構により正しい位置にセットされればスイッチ操作ひとつで自動的に固定され、トップの着脱時にはサイドウィンドウが連動して下がるシステムも設定した。
安全装備では、油圧と強化スプリングの作用で僅か0.3秒でポップアップする新開発のオートマチックロールバーを組み込んだことが最大の特長だった。ロールバー自体の素材にはU字型スチールチューブを採用し、約5トンもの荷重に耐える強度を達成する。ロールバーを支えるボディ部にも、3層の高強度材を導入した。また、どのルーフ状態でも作動するようにアレンジしたこのロールバーは、スイッチ操作により常時起き上がった状態にしておくことも可能だった。ほかにも、運転席と助手席用のSRSエアバッグシステムや衝撃を受けても開かない頑丈なドア構造、補強材にがっちりと固定したステアリングシステム、強い衝撃を受けると前方に向かって落下するペダル構造など、随所にセーフィティ機構を盛り込んでいた。
搭載エンジンは吸気側バリアブルバルブタイミング機構や電子式イグニッションなどの先進機構を内蔵したM119型4973cc・V8DOHCをメインユニットとし、ベーシックエンジンとしてM103型2960cc直6OHCやM104(981)型2996cc直6DOHCを設定する。後には、6気筒にM104(943)型2799cc直6DOHC、M112(925)型2799cc・V6OHC、M104(991)型3199cc直6DOHC、M112(943)型3199cc・V6OHCを、V8に改良版のM119型やM113型4965cc・V8OHCを、そしてV12のM120型5987cc・V12DOHCを採用した。
トランスミッションには電子制御式の4速ATと5速MTを用意。後に5速ATなども組み込まれた。強力エンジンを支える懸架機構には、フロントにダンパーのハウジングが支柱となってタイヤの位置決めを果たすダンパーストラット式を、リアに5本のリンクで制御するマルチリンク式を採用する。V12エンジン搭載車にはADS(アダプティブ・ダンピング・システム)もセットされた。
車両デザインについては、チーフデザイナーのブルーノ・サッコ率いるチームが開発を手がける。基本フォルムは切れ目のない緩やかなウエッジシェイプで構成。同時に、フロントフェンダーラインから伸びたAピラーやフラッシュサーフェス化したサイドウィンドウ、後方に滑らかに流れるリアセクションなどによって流麗なエクステリアを創出した。
各部のデザインは秀逸で、フロントセクションには強い傾斜をつけたうえで、前方に下降したエンジンフード先端に幅広の横桟クロームフレームとスリーポインテッドスター・エンブレムを配置。また、スカートと一体成型したバンパーを組み込んで存在感あふれる顔を演出する。サイド部は伸びやかなライン、フロントフェンダー後端に配したエアアウトレットなどによってスポーティなイメージを表現。リアビューは厚く滑らかな曲面や下方に向かって絞り込んだライン、横バーを立体的に配したコンビネーションランプなどで優美さと個性を打ち出した。また、デザインチームは車体の空力特性を高めるために実験部門と密接に協力し、何度も風洞実験を繰り返して最高レベルのエアロダイナミクスフォルムを完成させた。
外から見えるという意味ではエクステリアの一部ともいえるインテリアは、外観と同イメージ、具体的にはスポーティ性や安全性を高次元でバランスさせることを念頭に置いてデザインされた。コクピット全体はスマートなフォルムを基調とし、そこに直線を活かしたダッシュボードやグローブボックス、視認性のいい5連メーター、ウッドパネル内にレイアウトしたスイッチ類、ゲートタイプのATシフト基部、電子制御式のオートマチックエアコンディショナーなどを組み込む。
シートにはマグネシウム合金のダイカストフレームやニュータイプのスプリングコア、最適なポジションを生み出す数々のコントロール機能を内蔵したうえで、セーフティベルトを一体化した新開発のインテグラルシートを装着。同時に、シートポジションと同調してステアリング位置やドアミラーの向きを自動設定できるメモリー機構も装備した。
4代目となるR129系のSLは、1989年開催のジュネーブショーで市場デビューを果たす。18年ぶりにフルモデルチェンジした新型SLは、まず500SLと300SLをラインアップ。日本市場では同年末に500SLが発売された。
4代目SLは先代のR107系と同様、デビュー後も改良を加え着実に魅力度を高めていく。1991年モデルでは右ハンドルの追加や内装カラーの変更などを実施。1992年モデルではトラクションコントロールのASR(アクセレレーションスキッドコントロール)を設定する。1993年モデルではM120型V12エンジンを搭載する600SLやM104(943)型直6エンジンを積む280SLをラインアップに加え、600SLは日本にも導入された。
1994年モデルになると、グレード名の呼称をSL〜(例:SL500)に変更。また、300SLに代わってM104(991)型直6エンジンを採用するSL320を市場に放つ。SL320は日本では1995年モデルから設定された。
1996年モデルでは初のマイナーチェンジが実施される。外装ではバンパーやサイドパネルなどのデザインを変更。内装では内張りのリファインやレザーシートの標準化(SL500)、SRSサイドエアバッグの設定などを実施する。メカニズムについては、V型エンジンの燃料供給装置の換装(ジェトロ→モトロニック)やATの5速化、ESPの採用(SL600)などを行った。さらに、1997年モデルになるとドアミラー形状の変更やハイマウントストップランプのLED化、レインセンサーの追加、SL320へのASRの標準装備化などを、1998年モデルではキセノンヘッドランプの採用やチャイルドセーフティシートセンサーの装備、可変スピードリミッターの組み込み(SL600/SL500)などを実施した。
4代目SLの進化は、さらに続く。1999年モデルでは2度目のマイナーチェンジが行われ、搭載エンジンはSL500がM113型に、SL320がM112(943)型に換装。また、外装ではドアミラーやリアコンビネーションランプなどの、内装ではメータークラスターやステアリングなどの形状変更を実施した。さらに、タイヤサイズは16インチから17インチへと拡大される。日本仕様ではSL600がラインアップから外れた。
4代目SLは、2001年になると全面改良が行われ、5代目となるR230系に移行する。12年あまりに渡って最高級ロードスターのベンチマークに位置し、世界中のファンを魅了したR129系の総生産台数は、18年のモデルライフを有する先代のR107系の23万7287台に肉薄する21万3089台を記録したのである。