日本の道10/東京ゲートブリッジ 【2002~2012】

“恐竜橋”の異名を持つ東京港臨海道路の名物橋梁



東京港の物流の円滑化と周辺道路の渋滞解消を目指して建設

 東京港の第三航路を跨ぎ、中央防波堤外側埋立地と江東区若洲を結ぶ大型橋梁の「東京ゲートブリッジ」。東京港臨海道路のⅡ期事業区間の一部に位置し、現在では東京港のランドマークのひとつに数えられている。往復4車線および歩道のトラス橋で、そもそも首都圏産業の国際競争力の強化を目指して生み出された建造物だった。

 東京港は、外貿コンテナ貨物の取扱量で日本一を誇り、さらに21世紀に向けて取扱量が増加することが予想された。一方で、青海縦貫線などの臨港道路や国道357号線などの臨海部周辺道路では混雑が慢性化する。増大する東京港の物流の円滑化を早急に図らなければならない--。その対応策として、国土交通省の関東地方整備局東京港湾事務所と東京都などが主体となって「東京港臨海道路Ⅱ期事業」が策定された。建設予定ルートは中央防波堤外側埋立地~江東区若洲の約4.6kmの区間。このうち東京港の第三航路を跨ぐ約2.6kmの部分では、橋梁の建設を計画した。

 実際の橋梁建設地は、羽田の東京国際空港に近接していることによる高さ制限(98.1m以下)と東京港を跨ぐことによる桁下の高さ制限があり、その条件を満たすためには吊り橋や斜張橋といった構造の採用は困難だった。最終的に選択されたのは、主橋梁部が鋼3径間連続トラス・ボックス複合構造で陸上・海上アプローチ橋梁が連続鋼床板箱桁構造の複合形。同時に、主橋梁部は大型船舶が航行可能な桁下構造で、かつ十分な対荷重性能と耐久性能を確保することが必須課題とされた。

「耐用年数100年を目指す橋梁」の建設

 東京港臨海道路Ⅱ期事業は2002年度より着手される。仮称で“東京港臨海大橋”と呼ばれる橋梁部の工事は2004年に始まり、“耐用年数100年”を目標とする大橋梁の建設を目指した。
 基礎については、大口径鋼管矢板を用いた井筒基礎構造を採用する。また、鋼管矢板をつなぐ継手鋼管の内側には縞状の突起を設定。同時に、継手に充填するモルタルの強度を40MPaに引き上げることで、従来の素管継手よりも優れたせん断特性(ズレにくく地震に強い)を実現した。橋脚に関しては、高耐久性仕様コンクリートを使ったRC構造を導入する。さらに、主橋脚には橋梁の支持部にすべり型免震支承を採用。バッファ(水平荷重の支持)と荷重支持板(鉛直荷重の支持および水平荷重の免震)という役割の異なる2つの支承を用いることで、優れた免震性と部材のコンパクト化を達成した。

 連続トラス・ボックス複合構造の橋梁部については、高強度を確保し、かつ溶接施工性などにも優れるBHS鋼材を多用したことがトピックとなる。また、トラス主構の設計にはLRFD(荷重抵抗係数設計法)を導入。BHS鋼材と合わせて材料製作費などの削減も成し遂げた。ほかにも、FEM解析および載荷試験によって完成させた高疲労耐久性を有する鋼床板構造の設定、桁下確保および高さ制限や軽量化等を踏まえて創意工夫した橋梁デザインの採用などを実施。構造面でも造形面でも、他に類を見ない大型橋梁を完成させた。

「東京ゲートブリッジ」の名称で供用を開始

 全長が2618m(主橋梁部760m)、高さが87.8m、航路限界高が54.6m、幅員構成が往復4車線および歩道、橋梁重量が約3万6000トン(主橋梁部約2万トン)を誇る東京港臨海大橋は、2010年になると愛称が公募される。1万2223件の応募の中から選ばれたのは「東京ゲートブリッジ」。一方、主橋梁部と橋脚の形が向かい合った恐竜を彷彿させることから、“恐竜橋”というニックネームも付いた。

 東京ゲートブリッジは2012年2月に供用を開始する。これにより江東区若洲~中央防波堤外側埋立地~大田区城南島の約8kmが1本の道路でつながり、当初の目的通りに東京港の物流の円滑化が図られた。また、先進性に富む東京ゲートブリッジに対しては数々の団体がその功績を称え、日本鋼構造協会「協会賞」や土木学会「田中賞(作品部門)」、全日本建設技術協会「全建賞」などが贈られる。一方、東京ゲートブリッジはそのスケールの大きさとユニークなデザインから東京港の人気ランドマークにも昇華。それに応えるように、東京ゲートブリッジは夜間のライトアップも実施され、886個のLED照明による“光る恐竜”が見る者を楽しませているのである。