トヨタ
1980年代

カリーナED

美しく妖しい。4ドアクーペの新提案
4ドアハードトップのカリーナEDは、 セリカとシャシーを共用する1台。 1つのシャシーを使って、 様々なスタイルのクルマを造る−−。 トヨタが積極的に採用したこの手法は、 1980年代に入って拡大展開を遂げた。
トヨタ
1990年代

セラ

世界が驚いた小型ガルウイングCar
好景気を謳歌する1980年代後半の日本。 トヨタ自動車は豊富な開発資金を背景に、 新しい小型スペシャルティを企画する。 若者のさまざまな嗜好を捉え、 夢を目一杯に詰め込んだその1台は、 1990年3月に市場デビューを果たした。
トヨタ
1960年代

スポーツ800

トヨタ初のライトウェイトスポーツ
スポーツ800は、2シーターの本格スポーツとして登場。 790ccの空冷水平対向エンジン(45ps)を搭載し、 軽自動車並みの軽量ボディを颯爽と走らせた。 タルガトップのオープントップを持ち、 「ヨタハチ」のニックネームで、 若者も含め、多くの自動車ファンを魅了した逸材である。
トヨタ
1970年代

パブリカ

カローラのコンセプトを投入した2代目
1960年代前半のトヨタ自工の大衆車は、 パブリカがその役割を担っていた。 しかし1966年にカローラがデビューすると、 パブリカの主力大衆車としての地位は失われ、 販売台数も落ち込んでいく。 その対策としてトヨタ自工の首脳陣は、 パブリカに別の役割を担わせた−−。
トヨタ
1980年代
1990年代

セルシオ

トヨタの高級車市場への本格参入
日本経済がバブルの絶頂期に達し、 日本製品が世界中を席巻していた1980年代末、 トヨタ自動車は新しい高級車をリリースする。 メルセデス・ベンツやBMWをターゲットに据えた 大型ラグジュアリーセダンのセルシオだ。 その緻密な高級車作りは、 他社に大きな影響を与えることになる──。
トヨタ
1970年代

スプリンター・クーペ

独自のボディを採用した3代目クーペ
自動車の保有台数が飛躍的に伸びた1970年代初頭、 トヨタ自工はこの流れに対応するために、 車種ラインアップの拡大に乗り出す。 カローラの派生車種だったスプリンターは、 オリジナリティを強調した独立車種へと移行。 とくにイメージリーダーのクーペには力を入れた。
トヨタ
1960年代
1970年代

トヨペット・コロナ・マークII

上級な装備と車格を持った新戦略車
カローラとともにトヨタの屋台骨となった ミリオンセラーカーの3代目コロナのイメージを受け継ぎ、 より上級にシフトしてデビューしたマークⅡ。 セダン、ハードトップ、ワゴン、バンのモデルを持ち、 コロナより大きくクラウンよりコンパクトな 新たな市場の開拓を狙っての登場だった。
トヨタ
1980年代

カローラFX

欧州を意識した2BOXスポーツカローラ
FRの駆動方式にこだわっていたトヨタ自工は、 1980年代に入ると大衆車を次々とFFに変更していく。 1983年5月には屋台骨を支えるカローラが、 シリーズ史上で初めてFF方式を採用。 その約1年5カ月後には、FFの特性を生かした 2BOXのカローラが市場デビューを果たす。
トヨタ
1980年代

スプリンター・カリブ

マルチパーパスワゴンの意欲作
1970年代から本格的に浸透し始めた 日本でのアウトドアブームは、 移動手段の核となるクルマの特性にも影響し、 一部のユーザーからは荷物の積載性や 不整地の走破力などが重視されるようになる。 その対応策として、トヨタは新しい多目的車を開発した。
トヨタ
1980年代

セリカ カムリ

都市型スポーティセダンの登場
度重なる排出ガス規制を乗り切った1980年代初頭、 トヨタ自工は本格的に車種展開の拡充に着手し始める。 その手法は同一コンポーネントを使って 内外装を化粧直ししたモデルの開発だった。 1980年1月には4ドアのカリーナのメカを流用した スポーティセダンがカローラ店から販売される。