ミラージュ 【1978,1979,1980,1981,1982,1983】

新時代の到来を告げたスーパーFFモデル

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三菱の技術力をフルに結集したコンパクトカー、
それがミラージュだった。
日本だけでなく海外マーケットも視野に入れた国際車で、
各部に意欲的な設計を導入。
副変速機を用いた4×2速ミッションなど、
走りを楽しくする工夫で話題を振りまいた。
三菱初の国際車として先進技術を投入。

 まるで未来から舞い降りたようなインパクト。1978年3月にデビューした初代ミラージュはすべてが新しいクルマだった。
 虚飾を排したクリーンでスタイリッシュなスタイリングにはじまり、エンジン横置きのFFレイアウト、スーパーシフトと呼ばれる独自のトランスミッション、果てはスピルバーグ監督の名作映画『未知との遭遇』とタイアップした広告展開に至るまで、どこを取っても新鮮な驚きに溢れていた。三菱自動車は、このミラージュから世界市場へ積極的に踏み出すことになる。

 三菱自動車は、当時すでにランサーという1.5L級のファミリーカーを持っていた。しかしランサーはFRレイアウトを採用したオーソドックスなモデル。世界の潮流は、ホンダ・シビックやルノー5が先駆けとなり、VWゴルフの成功でFFレイアウトに変わっていた。日本市場はもとより、欧州やアメリカなどの国際市場を考えると、新世代のFFモデルの開発は三菱にとって必須だった。とりわけ当時クライスラーと提携していた三菱にとって、アメリカ市場からの要求は絶対だった。

ボディや足回り細部まで細やかな配慮を満載!

 世界戦略車のミラージュは、すべてをゼロから開発した。スタイリングは張りのあるパネルで構成したプレーンな仕上がり。ウィンドウ面積を大きく採ったのが特徴で、ヘッドランプは当時としては個性的な角形だった。ボディ表面のフラッシュサーフェス化のため、細かな工夫が満載され、プレス構造のドアの内側にドリップチャンネル(雨どい)を配置したのはその一例だった。ピラーの板厚を0.7mmから1.2〜1.6mmに上げ、さらにボックス断面の三重構造に仕上げることで剛性を高めたのも三菱の良心である。ボディサイズは全長が3790mm、全幅1585mm、全高1350mm。ホイールベースは2300mm。これは当時のシビックよりやや大きく、ファミリアより若干小さなサイズである。

 サスペンションも意欲的だった。フロントがストラット、リアがトレーリングアームの4輪独立方式を全車に採用。フロントサスには安全性の高いゼロオフセット・ジオメトリーや独自マウントのコイルスプリングを用い、リアも快適性を高める工夫を盛り込んだ三菱の特許のU字型トレーリングアームを採用していた。

前進8速のスーパーシフトが生む俊敏な走りの世界。

 ハイライトはトランスミッションである。基本的には4速トランスミッションなのだが、ロー&ハイ2段切り替え式の副変速機をプラスすることで、なんと前進8速、後進2速を実現したのだ。高速クルージング時は4速&ハイレンジで静粛で燃費性能に優れたクルージングを実現。山岳ワインディングでローレンジを選ぶと、俊敏でスポーティな走りを披露した。

 スーパーシフトはミラージュの新しさと、スポーティさを印象づけるアイテムとして機能した。1.2L(72ps)、1.4L(82ps)のエンジンパワーを、5速ミッション以上にキメ細かく引き出すことが出来、ドライバーにドライビングの楽しさを提案したのだ。まさに新感覚のトランスミッションだった。ちなみにデビュー当初はまだATの設定はなかった。AT仕様がラインアップされたのは、ハイパワー版の1600GTの追加と同時の1979年3月のことである。

 当初3ドアモデルのみで出発したミラージュは、デビュー6ヶ月後の1978年9月に4ドア版を追加、1982年2月には3BOXデザインのサルーンも加えるなどボディバリエーションを拡大。パワフルなターボ仕様も追加することで走りを強化する。初代ミラージュは、計画どおり三菱を代表する国際車に成長。世界の道を颯爽と駆け抜けた。

COLUMN
プロモーション手法まで斬新だったミラージュ
ミラージュは、販売キャンペーンに映画を導入した先駆けとなった。ミラージュは、地球外生物と地球人とのコンタクトを描いたスピルバーグ監督の名作『未知との遭遇』のイメージをCMや販売ポスターに採用。ミラージュの斬新さを徹底的にアピールした。従来、一般への車名公募などで話題を盛り上げるティザーキャンペーンはあったが、ハリウッド映画との大規模なコラボレーションはミラージュがはじめてだった。映画にはいっさいミラージュは登場しない。イメージ戦略という意味でミラージュは巧みで斬新だった。