カローラ・クーペ・レビン 【1977,1978,1979】

走り好きを虜にした “稲妻”の復活



スポーツモデル冬の時代

 1970年9月22日、アメリカの上院で大気汚染防止法、通称マスキー法が可決される。この法律は公害の汚染源に厳格な規制をかける内容だった。汚染源にはクルマも含まれ、やがて厳しい排気規制が課せられるようになる。同様の公害問題に苦しんでいた日本でも「公害対策基本法」が制定され、その一環として運輸省や環境庁の主導の下に自動車の排出ガス規制が次々と実施されていった。

 その影響をストレートに受けたのが、国産のスポーツモデルたちだった。ここでピックアップするカローラ・レビンもそのなかの1台で、名機の誉れが高い2T-G系ユニットは昭和50年排出ガス規制をクリアできず、結局75年に生産中止の憂き目に会う。もちろん、共通エンジンを搭載していた兄弟車のスプリンター・トレノも同じ運命を歩んだ。

 しかし、トヨタ自工のエンジニアは挫けなかった。自分達が懸命に開発したDOHCエンジンに、もう一度息を吹き込もうとしたのである。排出ガス規制をクリアするには2T-Gユニットにどんなデバイスを加えればいいのか、試行錯誤の日々は1年以上も続いた……。

高出力DOHCエンジンの復活

 開発陣の努力は、1977年1月に報われる。カローラにクーペモデルが追加されたタイミングで、レビン(TE51型)が復活したのだ。エンジンは2T-Gをベースにした2T-GEU型ユニットを搭載し、電子制御式燃料噴射装置(EFI)と酸化触媒を組み込む。パワー/トルクは110ps/14.5kg-mで、2T-Gのツインキャブ+ハイオクガソリン仕様(115ps/14.5kg-m)のスペックと大差はなかった。

 2T-GEUは昭和51年排出ガス規制に適合し、これをベースに改良を加えれば昭和53年規制にも対応できる目処が立っていた。この時点で2T-Gの系統は、まさにクリーンエンジンへと変貌を遂げていたのである。

 新しいレビンは、装備面でも凝っていた。外装はクーペボディのサイドに貼られた“DOHC EFI”のロゴ入りデカールやマグスタイルのホイールが特徴。タイヤはレビン専用の185/70HR13サイズのスチールラジアルを履いていた。もちろん、サスペンションも専用セッティングだ。内装はダーク系カラーでまとめた“男の仕事場”の雰囲気で、ハイバックシートや吊り下げ式アクセルペダルがスポーティさを演出する。加速時や高速時の不快な振動を抑える3ジョイントプロペラシャフトなども好評を博した。

ドライビングの印象は──

 ではエンジンの感触はどうだっかたというと、当時の走り屋は「DOHCらしさがなくなった」と嘆いたという。高回転域でのパワーの盛り上がりがマイルドになり、アクセルの踏み込み量に対するレスポンスが俊敏性にやや欠けていたのだ。エンジニアの懸命の努力をもってしても、排出ガス規制のデメリットは克服できなかったのである。

 開発陣もその評判を承知していたようで、2T-GEU型エンジンはその後もEFIや触媒の変更などでさらなる進化を遂げていく。TE71型レビン(79年3月デビュー)に搭載される際は115ps/15.0kg-mまで出力アップし、レスポンスもかなり良くなっていた。フロントエンジン&リアドライブの駆動方式を含めて、2T-G系ユニットに対するエンジニアのこだわりは相当に熱いものだった。