マーチ・スーパーターボ 【1989,1990,1991】
刺激的なツイン過給ユニットを持つミニモンスター
ベーシックカーの皮を被った狼、1989年1月にラインアップに加わったマーチ・スーパーターボは、とびっきりのスパイシーな心臓を持つミニモンスターだった。
ノーズに収まるのはスーパーチャージャーとターボチャージャーという2つの過給器を備えたMA09ERT型。もともとラリー用に開発したコンペティションユニットだけにパフォーマンスは圧倒的で、僅か930ccの排気量から110ps/6400rpm、13.3kg・m/4800rpmの高出力、大トルクを発揮した。自然吸気版のMA10S型(987cc/52ps/6000rpm、7.6kg・m/3600rpm)はもちろん、ターボ版のMA10ET型(987cc/76ps/6000rpm、10.8kg・m/4400rpm)と比較してもパワフルさは一目瞭然。実力は1.6リッター級のスポーツモデルさえ上回っていた。なにしろリッター当たり出力は118ps。この数値は当時、国産最強だったのだ。
スーパーターボは、低回転域での過給効果とレスポンスに優れるスーパーチャージャーと、高回転域での高出力化に有利なターボチャージャーの美点を生かしたもので、目指したのは全域高性能。
スーパーチャージャーとターボチャージャーは直列に配置され、エンジンが低回転の場合はスーパーチャージャーのみが過給を受け持つ。エンジン回転数が上昇しターボチャージャーが効き始めるスーパーチャージャーとターボチャージャーの両方で過給。さらにスーパーチャージャーの駆動損失が大きくなる高回転域(4000rpm以上)ではターボチャージャーだけで過給を行う3ステージシステムだ。ターボチャージャーの効率向上のため大型サイズの空冷式インタークーラーを装備するなど各部のチューニングは万全で、エンジンサウンドも刺激的だった。
足回りや駆動系もビッグパワーに合わせた専用チューンである。フロントがストラット式、リアが4リンク式の足回りはフロントスタビライザーを設定するとともに、ダンパー、コイルスプリング、ブッシュを強化し操縦性と直進安定性をリファイン。さらに5速マニュアルミッション車にはビスカスLSDを装備し、滑りやすい路面でも駆動力を効果的に路面に伝えるセッティングを施していた。ブレーキはフロントが大径ローターのベンチレーテッドディスクで、ブレーキパッドにはセミメタリック仕様を採用している。
800kgを切る軽量ボディと、110psを発揮するMA09ERT型の組み合わせは鮮烈だった。パフォーマンスはまさに“韋駄天”。全長3735mmのコンパクトなボディも味方して急峻な山岳ワインディングロードでは、まさに無敵の速さを発揮した。2.0リッターのスポーツモデルを相手にしても、瞬く間に相手をバックミラーの点にすることが可能だったという。ただし相当のじゃじゃ馬であったことも確かで、フルにスーパーターボのポテンシャルを引き出すには相応のドライビングテクニックを要求した。とくに濡れた路面でのアクセルコントロールには繊細さが必要だった。
スーパーターボは大型フォグランプを組み込んだ専用グリルや大型バンパー、リアスポイラーなどスタイリンをもハードに仕上げていた。インテリアも3連補助メーター、1万rpmまで刻印したタコメーター、本革巻きステアリング、ローバック・バケットシートなどでスポーティーだった。しかしなにより魅力的だったのは、そのパワフルな心臓だった。スーパーターボはエンジンと対話する醍醐味が味わえるコンパクト・スポーツの代表。数ある日産のスポーツモデルのなかでも個性際立つ存在なのである。
スーパーターボは1988年8月に登場したラリー競技用モデル“R”のリファイン版だった。Rはデビュー戦となった全日本ラリー選手権第6戦で、大排気量マシンを下し総合優勝を飾り高いポテンシャルを実証する。
Rもスーパーターボもスーパーチャージャーとターボチャージャーを組み合わせたスパイシーなMA09ERT型(110ps/13.3kg・m)は共通。Rは不要なアクセサリーを省くことで車重を740kgまで軽量化。さらに5速MTのギア比を超クロスレシオとすることで戦闘力を高めていた。ノーマル仕様に加え、ロールバー、大型フォグランプ、オイルクーラー、4点式シートベルトなどをあらかじめ装備した仕様も選ぶことも可能だった。マーチRはラリー界で “小さな怪物”と恐れられた一流のファイターだった。