セドリック 【1983,1984,1985,1986,1987】

新開発V6エンジンで走りを磨いた6代目



高級サルーンとして魅力アップ

 英国オースチン社との技術提携を経て、自動車生産技術を習得した日産は、1960年3月に独自開発の6人乗り4ドアセダンをセドリックの名で売り出した。以後、セドリックは日産のトップレンジとして、トヨタ(当時はトヨペット)クラウンやプリンス・グロリアなどと熾烈なシェア争いを演じる。ちなみにライバルの1台であったプリンス・グロリアは、1966年8月にプリンス自動車が日産に合併されたことで、日産の一員となる。さらに、1971年2月のフルモデルチェンジに際し、ボディやエンジンなどを共用する兄弟車となった。

 大・中型の高級車は、比較的モデルチェンジのインターバルが長いものとなる。モデルの根幹に至るような大幅な刷新はそうそうやらないのが普通である。1983年6月に第6世代目として登場したセドリックは、基本的なスタイリングは旧型(430系)と大差ないものだったが、サスペンションやエンジンなどを大幅に変更、メカニズムは全く別のモデルと言えるほどの大きな変化を遂げていた。

 ボディバリエーションは4ドアセダン、4ドアハードトップ、4ドアステーションワゴン(ライトバン)の3種で、ボディサイズは多くのモデルで5ナンバー枠に収まる(3リッターモデルは、1720mmの全幅を持つ)。主として税制面で決められた5ナンバー枠は、当時エンジン排気量とボディサイズの両面で規制されており、長らく国産乗用車の進化を妨げていた元凶と言えるものであった。

3つのV6ユニットを擁してデビュー

 Y30型となった6代目のセドリックには新開発のV6ユニットが搭載された。主力となるV6は排気量1998㏄のV型6気筒SOHCにターボチャージャーを装備するVG20E・T型(出力170ps/6000rpm)、および自然吸気仕様の排気量1998㏄V型6気筒SOHCのVG20E型(出力130ps/6000rpm)、そして排気量2960㏄のⅤ型6気筒SOHCのVG30E型(出力180ps/5200rpm)の3種。このほかに排気量1973㏄の直列4気筒SOHC(CA20S型、出力110ps/5600rpm)のガソリン仕様と、排気量2792㏄の直列6気筒SOHC(LD28型ディーゼル、出力91ps/4600rpm)が用意されていた。

 駆動方式はコンベンショナルなフロント縦置きエンジンによる後2輪駆動。トランスミッションは4速のオートマチックと4速/5速のマニュアル仕様があり、車種とグレードによって使い分けられた。大きく変わったサスペンションは、前がマクファーソンストラット/コイルスプリング、後が5リンク/コイルスプリングの組み合わせで、大幅に近代化された。ブレーキはディスク(前)とドラム(後)が標準だが、車種によっては4輪ディスクブレーキとされた。

2年後の改良で2リッターターボはジェットターボに進化

 1984年1月には排気量2960㏄のV型6気筒SOHCのVG30E型(出力180ps/5200rpm)エンジンを装備した豪華仕様のV30EブロアムVIPが加わった。さらに1984年6月には3.0リッターエンジンにターボチャージャーを装備して230ps/5200rpmへと向上したVG30E・T型をラインアップに加えている。1980年代のセドリックは、絶対的な性能向上のためにひたすらエンジンの出力向上を図った時代であった。

 1985年6月には、マイナーチェンジを行い、ここでもパワーユニットの充実が図られた。従来の2リッターV6ターボユニットに、世界初となる可変容量ターボチャージャーを採用。ジェットターボと名付けられた新ユニットのパワースペックは、最高出力180ps/6000rpm、最大トルク22.5kg-m/4000rpmで、従来より10ps/0.5kg-mのアップしていた。低回転域のレスポンスが向上し、瞬発力がアップしたことが目立った。そのほかディーゼルエンジンも変更。LD28型から新開発のRD28型に切り替えた。パワースペックは100ps/18.5kg-mで、とくに静粛性が向上した。内外観の変更は、フロントグリルの意匠やフォグランプの装備、メータークラスターのデザイン程度、最小限のマイナーチェンジだった。