日産・新聞広告1973~1980 【1973〜1980】

地球環境への配慮とキャラクターの積極活用

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“木を植えよう”が合い言葉

 1973年は斬新な“日産グリーンキャンペーン”の広告で幕を開けた。グリーンキャンペーンは「木を植えよう、あなたの名前で、みんなの森に」というキャッチフレーズのもと、ユーザー、ディーラー、メーカーが一体となって国土の緑化に協力するキャンペーンだった。具体的には1月1日から3月31日の期間に新車&中古車を新規購入、ディーラーで整備&点検したユーザーの名前で各地の緑化推進団体に緑化資金を提供するもので、ユーザー自身にもサクラ、サツキ、ツツジなどの苗木を配った。

 日産自動車が緑化推進団体に寄贈した資金は約2億円、ユーザーに配った苗木の購入資金も6000万円を越えた。ユーザーを積極的に巻き込んだグリーンキャンペーンは、大きな反響を呼び企業の社会貢献という面で大きな一歩となった。ちなみにこのグリーンキャンペーンは1972年にアメリカの米国日産が実施して成功したケースのリファイン版だった。この時代、すでに日産自動車はグローバルな視点で各種キャンペーンを企画していたのだ。

生活のひろがりをアピールした新手法とは?

 グリーンキャンペーンに続いた「新型バイオレット」の広告も印象的だった。ブルーバード510型の実質的な後継となるバイオレットは有機的なボディフォルムが特徴だったが、その新しさを「いま、新しい心の時代です。国と国、人と人、人と物、世界は新鮮な連携を求めています」というコピーで表現。性能中心の時代から人間中心の時代へ移行したことを宣言した。

 車種のキャラクターを鮮明にするために積極的に有名人を起用したのもこの時代の特徴だった。サニーは関口宏・西田佐知子夫妻、バイオレットは藤岡弘、ブルーバードUには篠田正浩・岩下志麻夫妻が起用された。このほかにもチェリーF-IIは秋吉久美子、セドリックは二谷英明・白川由美夫妻、グロリアは岸恵子が広告を彩った。有名人をCMキャラクターに起用することは功罪あるものの、クルマのある生活のひろがりを表現するのに確実にプラスをもたらした。広告ビジュアルをクルマ中心ではなく人物中心としたのもライフシーンのなかのクルマを意識した結果だった。ユーザーは有名人と自分をオーバーラップさせクルマへの憧れを倍加させた。

さらに磨きのかかったスカイラインの戦略

 スカイラインの斬新な広告戦略にもさらに磨きがかかった。“愛のスカイライン”“ケンとメリー”に続き1972年8月に登場した5代目のC210型は“スカイライン・ジャパン”を名乗る。日本の代表モデルに成長したことを高らかに宣言するもので、新型がユーザーの期待どおりの完成度の持ち主であることを“熱い待望への回答”というキャッチコピーで表現した。12月には販売台数が3ヶ月連続で日本一に輝いた事実を告げる広告も作成。高い人気をさらに煽る。スカイラインはTシャツなどの専用グッズも充実させスカイラインの世界を多面的に訴求し幅広い世代にスカイラインの魅力を浸透させた点でも見事だった。当時のスカイラインのディーラーはクルマを購入するだけでなく、さまざまなグッズを購入するファンが詰めかけ多いににぎわった。最近クルマ人気に陰りが見えるが、さまざまなチャレンジを行ったスカイラインのキャンペーン手法には、事態を打開するヒントが隠されている気がする……。

 鮮烈なキャッチコピーでクルマの個性を表現するのが一般的になったのもこの頃で “南の風、晴れ。オースター”や“ブルーバード、おまえの時代だ。”“TR-Xアメリカ”などキャッチコピーに車名を組み込み強いメッセージとした手法が目立った。