マイティボーイ 【1983,1984,1985,1986,1987,1988】

遊び心満載のピックアップKカー



1977年にフロンテ・クーペの後継車として
登場したセルボは、1982年に2代目に移行。
スペシャルティモデルとしての個性を堅持する。
その2代目セルボをベースに
若年層へのアピール度を高めるモデルとして登場したのが、
1983年にデビューした商用車、マイティボーイである。
軽自動車のルネッサンス

 スズキの軽自動車レンジに、「マイティボーイ」という、不思議な名前の超小型ピックアップトラックが登場したのは1983年のことだ。この当時、オイルショックをきっかけにして突如注目されるようになった省エネルギーや生活自体のコストダウン志向の高まりなどの影響で、日本独特のカテゴリーの自動車となっていた軽自動車は、再び脚光を浴びるようになっていた。

 しかし、排気ガス浄化規制の強化などを達成するためにエンジンは水冷化され、結果的に出力の低下は避けられない事態となった。さらに、衝突安全性の向上や装備の多様化などによって車両重量の増加などが重なり、もはや旧来からのエンジン排気量360ccでは性能向上は望めなくなる。そこで、1976年1月から、軽自動車の排気量の規制が360ccから550ccへと拡大されることとなった。

それに伴い、軽自動車免許は廃止され、一定の試験に合格すれば、普通免許に格上げされることになった。こうした法的な改正は、軽自動車に新しい可能性をもたらすことになる。コストダウンの権化と思われていた軽自動車にも、小型乗用車と変わらないモデルの多様化が見られるようになったのである。いわば、軽自動車のルネッサンスでもあった。この軽自動車のルネッサンスを象徴するモデルのひとつが、1983年に登場した「スズキ・マイティボーイ」だったと言える。

2シーター+荷台の新感覚Kモデル

「マイティボーイ」は、フロンテ・クーペの発展型であり、軽自動車唯一のスペシャルティカーでもあった2代目「セルボ」をベースに、Bピラーから後部を変更して2シーターのピックアップとしたものだ。軽自動車の制限寸法の枠内で、2人分に十分なスペースを確保してしまうと、ピックアップ本来の荷物を積む部分はきわめて小さなものになる。スタイリングを変え、コックピットを前進させるなどすれば、もっと大きな荷物スペースは出来るのだろうが、コスト低減の目的から基本的なスタイリングなどはセルボと変わっていない。

荷台の寸法は660mm×1170mmで、深さは400mm以下である。これでは実用には適さず、2人乗りクーペの変形モデルに過ぎない。ただし、シート背後にかなり大きなスペースがあり、手回り品などを積み込むことができた。

スズキのイメージを一新させるが

 エンジンは水冷直列3気筒SOHCで排気量は新規格に準じた543cc。デビュー当初は28ps/6000rpmだったが、1985年に改良を受け、31ps/6000rpmにアップされた。これで車重が530kgと軽かったから、特に加速性能に優れており、上級モデルはフロントブレーキにディスクブレーキを装備していた。軽自動車のスペシャルティカーとして注目された「マイティボーイ」だったが、コスト削減に徹するあまり、室内外の見た目のチープさを克服できず、メーカーが目論んだほどシェアを拡げることができなかった。

また、軽自動車を取り巻く時代性も、こうした斬新なスペシャルティカーを理解するレベルにまで達していなかったことも人気低迷の大きな理由だった。おそらく、今日もっと完成された形で出れば、大きなヒットになるかもしれない。使い方によっては実にお洒落で面白い車だった。

COLUMN
オプション装備にあったマー坊の「キャノピー」
日本の経済がバブル絶頂期に向けてステップを上がっていった1980年代。ライフスタイルは多様化し始め、マイティボーイは若年層に芽生えだしたレジャーユースへの関心をも狙って登場した。そのコンセプトは販売店装着のオプションにも盛り込まれた。多彩なアイテムが用意されていて、スキーキャリアやルーフボックスなどを用意し、ターボモデルを連想させるアクセサリーのエアスクープも存在した。なかでも目を引くのがハードトップだ。これは荷台にかぶせるキャノピー状のもので、ステーションワゴンのようなルックスと機能を備えることができた(価格9万7000円)。パルサー・エクサを彷佛させるこの脱着式ハードトップは、マイナーチェンジ後も仕様を高めてラインアップした。