フロンテ 【1988,1989,1990,1991,1992,1993,1994】

後輩アルトにその座を譲ったラストモデル



フロンテから生まれたアルトの躍進

 1988年9月に登場した7代目フロンテは、スズキの軽乗用車として長い歴史を誇ったフロンテの最終モデルとなった意味ある存在だ。3代目アルトと基本コンポーネンツを共用しており、フロンテは5ドアハッチバックの乗用車(5ナンバー)、アルトは3ドアハッチバックのボンバン(4ナンバー商業車)という違いがあった。

 1979年に登場したアルトは、フロンテの派生車種として誕生したクルマである。47万円という思い切った車両価格を実現するために各部を合理化し、車両規定も乗用車ではなく税制上有利な商業車とした割り切りの産物だった。アルトは潔くベーシックカーに徹していた。低価格でしかも便利なアルトは大ヒットを博し、スズキの救世主になった。それだけでなく、低迷していた軽自動車界そのものを活性化する。なにしろ1979年の登場から僅か10年で販売台数が200万台を超すベストセラーとなったのだ。

広い室内が自慢の5ナンバー・フロンテ

 1984年の2代目アルトからは主客が変わった。アルトはフロンテの派生車種ではなく、フロンテのほうがアルトの派生車種となった。1988年にモデルチェンジしたモデルも同様だった。4ナンバーのアルトはスライドドアを採用したスライドスリム仕様や、スポーツ仕様のワークス・シリーズなど多彩なラインアップを誇り、エンジンもベーシック版からパワフルなDOHC12Vターボ版まで多くを用意していたが、5ナンバーのフロンテはシンプルな5グレード構成。エンジンも1種類だったのだ。

 とはいえ、フロンテは完全な脇役ではなかった。広い室内空間を生かした優れた居住性という独自の個性を持っていた。従来モデルより一挙に160mmも延長した2335mmのロングホイールベースにより、前席はもちろん、後席のスペースも広く大人4名が快適にくつろぐことができたのである。室内長は1730mmとリッターカーに迫り、トレイ状のシンプルなインパネ形状とも相まって開放感も上々だった。

ファーストカーとしての満足感を追求

 シートは前席を倒すと後席とフルフラットにすることができ、上級グレードでは後席のリクライニングも可能だった。ドライバーズシートの座面高と角度が調節できる2ウェイ調節機構や、シート装着位置をややセンター寄りにしペダルやハンドルの操作を自然に行えるようにするなどの配慮も行き届いていた。

 チルト&テレスコピック機構付きステアリングや残光式ルームライトなどユーザーフレンドリーな装備も満載だった。ファーストカーとして選ぶならアルトより断然フロンテだったのである。

自然な走りを誇った12Vの40psユニット

 パワーユニットはSOHCながら1気筒当たり4バルブを持つ高効率ユニットで、65.0×55.0mmのショートストローク設計により鋭い吹き上がりを誇った。カーボンガスケットやクランクシャフトの強度アップ、走行状況に合わせて最適な燃料を供給する複合可変ベンチュリーキャブレターの採用で高い信頼性と自然なドライバビリティを実現したのも自慢だった。

 パワースペックは40ps/7500rpm、4.3kg・m/6000rpm。トランスミッションは5速マニュアルと3速ATから選べたが、3速ATが販売の中心だった。サスペンションは前がストラット、リアがスズキ独自のアイソレーテッド・トレーリングリンク式。12インチサイズのラジアルタイヤが標準でブレーキもフロントはサーボ付きディスクと強力だった。

伝統モデルの終焉。後継モデルはアルト

 軽乗用車として高い完成度を持っていたフロンテは、時代の流れに翻弄される。1989年4月の消費税導入に伴い税制が改定されたことで、アルトの乗用車化が加速したのだ。具体的に税制が変更されたためアルトを商業車としておくメリットがなくなったのである。スズキはすでにフロンテ以上に高い知名度を獲得していたアルトを主役の座に据え、フロンテの名を捨てて全車をアルト・シリーズとする決断をする。アルトは後席居住性を改善した乗用車となり、4ドアボディもラインアップに加わった。それに伴いフロンテは7代目を最後に表舞台から姿を消したのである。