スカイライン・ワゴン 【1972,1973,1974,1975】

サーフィンラインが美しい個性派ケンメリ

会員登録(無料)でより詳しい情報を
ご覧いただけます →コチラ


本格スポーティワゴンの開発

 自家用車の保有台数が飛躍的に伸び、マイカーという言葉が定着した1970年代初頭の日本の自動車市場。ライフスタイルの変化に応じユーザーのクルマの使い方にも変化がおとずれた。単なる移動手段から観光地までのドライブや郊外へのピクニックの足として積極的に活用されるようになっていく。
 今後はアウトドアでの遊びがもっと流行る。そのために、荷物がたくさん積めて積み下ろしも楽で、さらに移動時の快適性も踏まえたクルマが求められるはず--。そう判断した日産自動車は、フルモデルチェンジの企画に邁進していた新型スカイライン(C110型系)に、「高速時代に適したスポーティワゴン」を設定する決定を下す。それも従来型のようなバンの一部を変更しただけのものではなく、可能な限りの本格的なステーションワゴンの開発を目指した。

 新しいステーションワゴンを造るに当たり、開発陣は走行性能の重視をテーマに掲げる。エンジンは改良版のG18型1.8L・OHCの1機種に絞り、ミッションは4速MTのほかにフルオートマチックの3速ATを組み合わせた。足回りは専用チューニングの前マクファーションストラット/後半楕円リーフスプリング式で、ブレーキには前ディスク/後リーディングトレーリング(バンは同2リーディング/リーディングトレーリング)を採用する。タイヤにはホワイトリボン付きの14インチ・ロープロファイルチューブレスを奢った。

こだわりのスタイル

「ケンとメリーのスカイライン」というキャッチフレーズを掲げた新しいC110型系スカイラインは、1972年9月に市場デビューを果たす。ワゴンのグレード名は“1800ワゴン・スポーティGL”。あえてスポーティの名を付け、従来のワゴンとは一線を画す高性能の持ち主であることを声高に主張していた。
 市場に姿を現した1800ワゴン・スポーティGLは、内外装も非常に凝っていた。エクステリアではリアのコンビネーションランプのラインに合わせて装着した木目調パネルやホワイトリボンタイヤ+メッキ式フルホイールキャップ、熱線入りリアウィンドウが個性を主張。当時のワゴンとしてはスタイリングは前衛的で、とくにシャープなサーフィンラインやクオーターガラスを持たないCピラーが目を引いた。ちなみにCピラーに関しては、デザイナーが相当にこだわった部分だという。当時の同クラスのワゴンはここにクオーターガラスを備えるのが一般的。対してスカイラインのワゴンはハードトップやセダンと同イメージのピラー形状とし、個性的なイメージを強調したのである。

充実装備とお買い得価格

 インテリアについても、乗用車であるワゴンらしさを主張するアイテムを満載した。インパネとシフト基部には木目調パネルを装着。ステアリングの一部とシフトノブにも木目を配する。さらにシートには高級トリコットクロスを採用し、タコメーターや大型コンソールボックスなども備えた。
 車両価格も注目点で、これだけの充実装備を実現しながら同エンジンを積むセダンに比べて1万円高いだけの80万7000円(ATは86万2000円。ともに東京標準価格)に設定。しかも同エンジン仕様のハードトップと比べると、1万円安かった。専用開発品のコストを考えると、バーゲンプライスといえる価格設定だったのだ。
 アウトドアレジャーの流行を先取りし、スカイライン・ワゴンの市場シェアを拡大させようとした日産自動車。しかし、販売成績は伸び悩んだ。当時のユーザーにとってワゴンは商用車の延長線でしかなく、自家用車として購入する層は少なかったのである。さらに、同じボディ形状ならバンの方が車両価格も維持費も安価に済むことが、ワゴンの魅力をスポイルした。
 結果的にスカイラインのワゴンは、1975年9月のマイナーチェンジを機にカタログから消滅する。代わりに設定されたのは、バンの上級仕様となる“GL”グレードだった。