ミラ・クオーレ 【1980,1981,1982,1983,1984,1985】

1.5BOX軽ボンネットバンの誕生



軽ボンネットバンの企画

 鈴木自動車工業が1979年5月に発売した商用車登録のアルトは、経済性を重視するユーザーを中心に大きな支持を集めていた。販売台数はウナギ登りで、やがて同社の屋台骨を支える1台に成長していく。
 商用車登録のボンネット付き軽自動車=軽ボンネットバンには大きなニーズがある。そう判断したライバルメーカーであるダイハツ工業は、次期型クオーレに軽ボンネットバン仕様を設定することを決める。しかも、アルトを凌駕する合理的な設計と優れた経済性を有する1台に仕立てることを目標に掲げた。

 基本ボディを企画するに当たり、開発陣はまず「FF1.5BOX」という発想を掲げる。一般的な2BOXレイアウト以上にエンジンが収まるフロント部をコンパクトに仕上げたうえでボディ高を高くとり、居住および荷室空間を最大限に広くする手法を採用した。当時のプレスリリースによると、「FF1.5BOXの効果で、大型乗用車並みの乗降感、ゆとりを実現した」と説明している。

欧州イメージのスタイリッシュな造形

 シャシー回りは、ホイールベースを従来の2090mmから2150mmにまで延長したうえで、サスペンションレイアウトを大幅に見直す。軽ボンネットバン仕様に関しては、リアを半楕円リーフ(乗用車版はセミトレーリングアーム)で仕立てた。新しい高張力鋼板の採用や取り付け部の強化も実施し、従来の軽自動車にはない高い動的剛性も達成した。

 エクステリアは、従来型にはなかったテールゲートを導入しながら、現代的でスタイリッシュな造形に仕上げる。ワイドな視界と開放感を実現するために、ガラスエリアも広くとった。ボディタイプは商用車版が3ドアハッチバックのみで、乗用車版には4ドア+ガラスゲート仕様も用意する。外観と同様、インテリアも洗練度を向上させ、シンプルで使いやすい室内空間を創出した。またドライビングポジションは、広い居住空間と良好な視界を達成するために、やや立ちぎみの位置に設定する。リアシートに関しては一体可倒機構を組み込んで利便性の向上を図った。

 エンジンは従来のAB型547cc直2OHCを、改良を加えながら搭載する。パワー&トルクは商用車版が29ps/4.0kg・m、乗用車版が31ps/4.2kg・mを絞り出した。組み合わせるミッションは4速MTのほか、オートクラッチの4速を設定する。

実用性+個性=ミラ・クオーレ

 ダイハツの軽ボンネットバンは、乗用車版のL55型系クオーレとともに1980年6月に市場デビューを果たす。車名は“ミラ・クオーレ”。車種展開は非常にシンプルで、タイプAとタイプBの2グレードに、それぞれ4速MTとイージードライブ4速を用意していた。

 アイドルの岡田奈々さんをイメージキャラクターに据え、“実用性+個性=ミラ・クオーレ”のコピーを冠して市場に放たれたミラ・クオーレは、購入費用の安さと優れた燃費性能、そして1.5BOXの実用性の高さなどが好評を博し、たちまち大ヒットモデルに成長する。乗用車版のクオーレの販売台数も大きく上回り、やがてダイハツ製軽自動車の主役に位置づけられるようになった。

ミラの単独ネームに成長

 ミラ・クオーレの好評価を維持しようと、開発陣はデビュー後も様々な改良や車種強化を実施する。
 1981年9月には積載性を重視した2シーター仕様を発売。1982年5月にはマイナーチェンジを敢行し、内外装の一部変更やタイプCグレードの追加、フルオートマチックの設定などを行う。また車名については、クオーレが省かれて“ミラ”の単独ネームに一新した。

 ミラの車種強化は、さらに続く。1983年10月には四輪駆動を採用した4WDモデルとターボチャージャー付きエンジン(41ps/5.7kg・m)を積み込んだターボ仕様を追加。またこの月、軽ボンネットバン市場で初の販売台数首位を獲得する。1984年5月になると、高い実用性とユニークなスタイリングを兼ね備えたウォークスルーバンが登場し、大きな話題を集めた。

 モデル末期になってもパルコとのコラボレーションで展開したミラ・パルコ・シリーズの設定などで高い人気を維持し続けたミラは、1985年8月になるとフルモデルチェンジが実施され、2代目となるL70型系に移行する。結果的にL55型系の初代ミラは、ダイハツ工業初の1モデルでの国内販売60万台突破を達成する大成功作に成長したのであった。