フェローMAX550 【1976,1977】

希薄燃焼方式550ユニット搭載



1976年に、フェローMAXは
2つのシリーズをラインナップする。
従来の360ユニットの50年排ガス暫定規制適合車、
そして、新規格に適合した550エンジンの550。
翌年にはフェローMAXクオーレに車名変更を行い、
550エンジンのみのラインナップとなった。
パワーよりクリーンな排ガスを

 軽自動車は、1960年代末期のスポーツモデルの氾濫に伴い、未曾有のパワー競争の時代を迎えることになる。それは、過大な燃費や性能を超えた安全性低下などを招き、軽自動車としてのポジションを危うくするまでになった。さらに追い討ちをかけたのが、排気ガス浄化規制の強化だった。この規制強化は2サイクルの高性能エンジンを直撃、そのままでは排気ガス浄化規制のクリアはもはや不可能で、浄化のためのデバイス装着などによる性能低下に対処するためにも、エンジン排気量の増大と4サイクルエンジンへの転換は不可欠となった。

550エンジンの新規格車の登場

 軽乗用車としては後発であったダイハツ・フェローは、軽自動車の排気量枠の拡大にいち早く対応、1976年5月に排気量を547ccとした水冷4サイクルの直列2気筒SOHCエンジンを搭載したフェローMAX550を登場させた。車体寸法などは360cc時代とほぼ同一だったが、28ps/6000rpmの最高出力と3.9kg-m/3500rpmの最大トルクを発揮する新型エンジンは、低・中速域でも扱いやすく、騒音も静かになっていた。ボディバリエーションは、2ドアと4ドアのセダンで乗車定員は4名だった。価格はもっともベーシックな2ドアスタンダードが51万6000円、最も豪華な4ドアのハイカスタムが63万3000円となっていた。軽自動車も年々高価になりつつあった。

目指したのは快適性と省燃費性

 MAXシリーズは、360cc時代の1971年に、軽自動車としては初めてのハードトップもモデルレンジに加えたが、エンジンの水冷化と排気量拡大を果たしたこの新型MAX550シリーズには、リッターあたり出力で100psに迫る高性能仕様やハードトップモデルの設定はなかった。燃費の良さを生かした低ランニングコストと実用上十分といえる快適性持った、軽自動車としての本来の役目を持つ時代に移行したのだ。MAX550には、坂道を下るときにシリンダーに流れ込む燃料を一時的に止める装置が付けられていた。一回当たりの節約量はわずかなものだが、度重なれば相当な燃料消費低減になる。こんなことさえも考えなければならなくなるほど、燃料消費の低減は深刻な問題となっていたのである。軽自動車は確実に新しい時代を迎えていた。

COLUMN
軽自動車免許証の存在
 日本の運転免許のはじまりは、1903年(明治36年)の、愛知県の「乗合自動車営業取締規則」。10年後には、ほとんどの都道府県で運転免許が始まった。注目したいのは1952年(昭和27年)に新設された軽自動車免許である。360cc以下の軽自動車の運転に関する免許で、18歳以上で取得できた普通免許に対し、軽自動車免許は16歳以上で取得可能だった。この免許は1968年に廃止されるが、限定免許として存続した。フェローMAXが360と550の2系統だった1976年当時は、この軽自動車限定免許の所持者は、全国に50〜60万人存在すると言われた。大半が、高齢者だったいう。