チェイサー 【1977,1978,1979,1980】

スポーティ指向の上級アクティブモデル



排ガス対策下での新型車の開発

 公害問題に端を発した排出ガス規制は、1970年代の自動車業界に大きな影響を与えた。各メーカーは高性能車の開発を一時休止し、排ガス対策に全精力を傾けた。
 トヨタ自工はエンジンの排気量で区分けして、それぞれに独自の技術を適用した。大型のM-EUエンジンは3元触媒の設定がキーポイントで、O2センサーによるフィードバック制御を加えた電子制御式燃料噴射装置とともに排ガスのクリーン化を達成する。新エンジン群は、最も厳しいとされる昭和53年度排出ガス規制を見事にクリアした。

 排ガス規制にある程度の目処がついた開発陣は、以前から計画していた上級車の車種展開拡大に乗り出す。その手法は、ひとつのシャシーを使って違うクルマを造る──いわゆる兄弟車の開発だった。排ガス対策で資金をとられていた状況下では、これがベストの選択だった。セリカ/カリーナの兄弟車で成功を収めていたことも、この手法を押し進めた要因といえる。

目標は打倒スカイライン!

 1977年6月、新型車のチェイサーがデビューする。ボディタイプは4ドアセダンと2ドアハードトップの2種類。基本コンポーネンツは1976年12月にフルモデルチェンジしていた3代目マークⅡのユニットを流用し、販売店はトヨタオート店が担当した。

 チェイサーの開発コンセプトは「高品質で個性豊かなハイグレードのパーソナルカー」。ライバルは同クラスで高い人気を誇っていた日産自動車のスカイライン。マークⅡよりも若い年齢層をターゲットにする。そのため、開発陣は少ない予算ながら内外装の演出にこだわった。具体的には、スポーティでエレガントな雰囲気を演出しようとしたのである。

スポーティな内外装の演出

 スタイリングで目立ったのは、フロントマスクのアレンジ。グリルは格子を基調にメッキ枠を施した専用の仕様で、メッキの縦線を基調にするマークⅡとは趣を変えていた。ヘッドライトもマークⅡとは異なり、シンプルで精悍な2灯式とした。上級グレードでは専用デザインのサイドデカールが貼られ、スポーティな雰囲気がいっそう強調される。インテリアは専用バッジやカラーリングなどでマークⅡとの違いを打ち出す。最上級グレードのSGツーリングには新開発のパワーステアリングも装備された。

 メカニズムで注目されたのは、マークⅡから引き継がれた足回りだ。四輪独立懸架のサスペンションと四輪ディスクブレーキ(SG系とGSに装備)の採用は、当時のクルマ好きの注目を集めた。

 排出ガス規制の対策下で低予算という厳しい状況の中で開発したチェイサーは、エンジニアの創意工夫でマークⅡとの違いを打ち出した。しかしそのコンセプトは予想以上にユーザーに受け入れられ、やがてスポーティサルーンの定番モデルとして認知されていく。チェイサーという車名は“追跡者”や“狩人”を意味し、ライバル車に挑戦するという開発コンセプトを象徴していた。

イメージキャラクターも印象的

 若者層をターゲットにしていたチェイサーは、そのイメージキャラクターにもこだわっていた。当時の若者に影響力があって、カッコいい人物を起用していたのだ。初代モデルと2代目前期は俳優の草刈正雄が担当。草刈は初代がリリースされているときは映画『火の鳥』、2代目では『復活の日』や『汚れた英雄』に出演している。

 ちなみに3代目のイメージキャラクターとして起用されたのは、1978年公開の映画『ビッグ・ウェンズデー』で主人公のマット・ジョンソンを演じたジャン=マイケル・ビンセントだった。端正なルックスのビンセントの起用で、チェイサーのスタイリッシュなイメージが大いに引き上げられた。