プレオ 【1998,1999,2000,2001,2002,2003,2004,2005,2006,2007,2008,2009,2010】

ヴィヴィオの後継を担った“新コンパクトワゴン”

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「軽自動車の概念を超える、新・コンパクトワゴン」の創出

 1993年9月に発売されたスズキの「ワゴンR」を起爆剤にして、ハイトワゴン人気が急速に高まっていた1990年代中盤の軽自動車市場。この状況に対して富士重工業(現SUBARU)は、既存のヴィヴィオのメカニズムを可能な限り流用および改良し、その上でセミボンネット付きのハイトワゴンに仕立てたニューモデルを企画する。市販時期については、衝突安全性の向上を図る目的の規格改定(エンジン排気量は660ccのままながら、全長×全幅×全高は3300×1400×2000mmから3400×1480×2000mmに変更)が実施される1998年10月とした。

 新規格の軽自動車を造るに当たり、開発陣は「軽自動車の概念を超える、新・コンパクトワゴン」の創出を基本コンセプトに掲げる。具体的には“走り”“安全”“ユーティリティ”“環境性能”のすべてを高次元でベストバランスさせた、理想のクラスレス・ミニカーの実現を目指した。

パッケージングは使いやすさを追求

 新コンパクトワゴンのパッケージングに関しては、規格改定によるボディサイズの変更を活かして室内寸法の拡大や衝突安全性の向上を図りながら、同時に街中での取り回しがしやすいベストな外寸に仕立てる。また、ヒップポイントをヴィヴィオ比で約100mm高く設定し、安心感の高い視界を確保した。

 開発陣は内外装の演出にも注力する。エクステリアは独立したボンネットとキャビンを持つ、乗用ワゴンテイストのフォルムで構築。また、連続感をもたせた6ライトのグリーンハウスを有するボディ上部と固まり感のあるボディ下部を、彫りの深いキャラクターラインによって上下に分ける2層構造デザインを採用した。

エンジンは4タイプをラインアップ

 インテリアについては、機能に合わせて縦に3分割した新感覚ゾーンデザインのインスツルメントパネルやフロントサイドウォークスルーを可能とするコラムシフト(i-CVT車)、優れたホールド性と大きなスライド量を有するフロントシート、5対5分割で4段階に後方移動しながら100mmリフトアップするリアパノラマシートなど、使いやすくて楽しさ満載のアイテムを豊富に備える。さらに、ラゲッジルームにはフルフラットカーゴフロアやサブトランク、サイドポケット等を組み込み、機能的で利便性の高い荷室空間に仕上げた。

 搭載エンジンに関しては、EN07型658cc直列4気筒ユニットをベースに、OHCマイルドチャージ(大型のスーパーチャージャーをゆっくり回すことで低中速トルクを強化。58ps/7.3kg・m)とOHCインタークーラー付きスーパーチャージャー(64ps/9.1kg・m)、DOHC16Vインタークーラー付きスーパーチャージャー(64ps/10.1kg・m)、OHC自然吸気(45ps/5.7kg・m)という計4仕様を用意する。組み合わせるミッションは、5速MTのほかに新設計のフル電子制御・無段変速オートマチックトランスミッションである「i-CVT」を全車に設定。また、インタークーラー付きスーパーチャージャー仕様には7速マニュアルモード付きのスポーツシフトi-CVTを採用した。

最初で最後のオリジナル「プレオ」に--

 富士重工業の精鋭が全精力を傾けて開発した新・コンパクトワゴンは、予定通りに軽自動車の規格改定に合わせた1998年10月に市場に放たれる。車名は「プレオ」。「さらに豊かに、そして完全に」という意味を持つラテン語からの造語で、新時代の理想的なコンパクトカーとしての意味が込められたネーミングだった。車種展開は乗用モデルの5ドアワゴンと商用仕様の5ドアバンで構成。駆動機構は2WD(FF)とビスカス式フルタイム4WDの2タイプから選ぶことができた。

 流行のハイトワゴンスタイルにスバル車らしい凝ったメカニズムを組み込んだプレオは、市場で注目を集める。受注は好調で、発売からわずか10日間で月販目標の8000台を上回った。この勢いを維持するために、富士重工業は市場デビュー後も多用な改良と車種追加を実施していく。なかでも1999年6月にリリースされたレトロ仕様の「プレオ・ネスタ」や2000年12月デビューの個性派モデル「プレオ・ニコット」などは、ユーザーから熱い支持を集めた。

 富士重工業のオリジナリティが存分に発揮されたプレオは、結果的に乗用モデルが2007年6月まで、商用モデルが2010年1月まで生産される。2代目プレオが登場するのは2010年4月。しかし、その2代目はダイハツ・ミラをベースとするOEM供給車だった。つまり、富士重工業の独自企画のプレオは初代が最初で最後のモデルとなったのである。