Z 【1970,1971,1972,1973,1974】

もう1台のZ! 軽自動車初の本格スペシャルティカー



初代ホンダZは、「遊びゴコロ」を満載した
キュートなスペシャルティカーである。
現在の水準でも斬新な個性あふれるスポーティなルックスと、
ユーティリティ抜群の2+2パッケージングが融合。
全身にホンダ・スピリットが宿る、
未知の可能性を秘めたスペシャルモデルだった。
“水中メガネ”のニックネームで愛された!

 現在の水準でも斬新なスタイリングを持つマイクロ・スペシャルティカー、それが1970年10月に登場したホンダZである。それは“自由”を求める時代の流れに呼応した軽自動車初のスペシャルティカーであった。

 コンセプトは2+2のスポーツワゴンに近い。ヘッドランプを独立させた低いノーズにはじまり、強く傾斜させたAピラー、そして大胆にカットしたテール処理など、その造形は従来のクルマとは明らかに違っていた。とくに見る者を驚かせたのは、独特のトリミングを施したリアウィンドゥである。Zの特徴である開閉可能なリアウィンドゥを強調するために採られた手法なのだが、このウインドゥ処理によりホンダZは “水中メガネ”のニックネームで呼ばれるようになる。

 だが、リアウィンドゥ以外にも縦型のドアハンドル、スペアタイヤ専用リッドなどホンダZならではのデザイン・ディテールは数多い。ホンダZは見るだけでユーザーの心を刺激し、その楽しさが想像できるデザインの持ち主だった。当時のカタログはアメリカ・ロケの写真で構成されていたが、スケールの大きなアメリカの風景のなかでも、全長2995mm、全幅1295mm、全高1275mmのホンダZは堂々と伸びやかに見えた。それはデザインに勢いがあることのなによりの証明といえる。

2+2コクピットは純スポーツ感覚

 インテリアは、純スポーツカー感覚だった。ドライバーズシートはあくまで低く、インパネには大径の速度&回転計をレイアウト。シフトレバーはドライバーが自然に左手をおろした位置にある。スポーティな走りを楽しむための仕立てはすべて揃っていた。しかも後席は、なんとか大人も座れるスペースを確保。シートバックを畳むと簡単に広いラゲッジスペースに変身した。

 ホンダZは、スポーツカーとしても、仲間とのドライブにも、そしてワゴンとしても“使える”、マルチなパーソナルカーだったのである。

 ただしメカニズムの基本は、ホンダN360の進化版であるNⅢ360で、けっして凝っていない。空冷直列2気筒4サイクルのエンジンも、フロントがストラット式、リアがリーフ・リジッドの足回りも、そのまま流用していた。パワーはツインキャブ仕様で36ps、ジェントルなシングルキャブ仕様で31psとクラス平均レベル。500kg台前半に抑えた車重もあって、けっして遅いクルマではなかったが、スタイリングのインパクトの割にパフォーマンスは平均的だった。

5速ミッションの硬派なGSをラインアップ!

 とはいえ、そこはホンダである。シリーズのなかに1グレードだけ、スパイシーなモデルを用意していた。最上級版のGSだ。軽自動車初の5速ミッションを与え、ディスクブレーキやラジアルタイヤでフットワークを磨き上げたスペシャルモデルである。エンジンこそ36ps仕様のままだったが、ミッションの5速化は大きなアドバンテージだった。パワーをフルに引き出せるため、とくに曲がりくねったワインディングロードなどで、排気量で勝る上級スポーツカーを追い回す俊足を披露したのである。ドライバーには相応の技量を要求したが、GSはそれに応えるポテンシャルの持ち主だった。

 ホンダZは、ベース車のNⅢ360が水冷エンジンのライフへとモデルチェンジしたことに伴い、1971年11月にホイールベースを80mm拡大。エンジンもライフ用に換装する。翌年にはセンターピラーレスのハードトップに進化し、よりスペシャルティな色彩を強めた。スパイシーモデルもGSからGSSへとネーミングを変えた。だが5速ミッションが生み出す鮮烈な走りは、1974年10月に生産終了まで健在だった。

COLUMN
時代は“モーレツからビューティフルへ”転換
 ホンダZがデビューした1970年は、高度成長の歪みがさまざまなカタチで噴出した時期でもあった。戦後まったく休むことなく経済復興&発展に邁進してきた日本人は、はじめて自分の生活を振り返ることになる。そんな社会風潮を表したキャッチフレーズが“モーレツからビューティフルへ”だった。もともとは事務機器メーカーのCMコピーだったのだが、瞬く間に流行語として浸透した。日本人が生活の質、本当の豊かさに気付いた時期、それが1970年だった。