サバンナRX-7(輸出仕様) 【1978,1979,1980,1981,1982,1983,1984,1985】

界を魅了した “ロータリーロケット”



スムーズな回転フィールで魅了。しかし突然の販売失速

 マツダ渾身のロータリーエンジンは、デビュー当初は排出ガス中の有害物質が多くアメリカの排気ガス規制に適応できずにいた。しかしサーマルリアクター(熱反応器)の開発により、排出ガス中のCOとHCの80〜90%の除去に成功。1970年6月から、待望のアメリカ輸出がスタートする。最初の輸出車はファミリア・ロータリークーペだった。

 ロータリーエンジン車の輸出が軌道に乗るのは、1971年のカペラ・ロータリー投入後、翌年からはマニュアルミッションに加えて3速オートマチック仕様を加えたことで販売が急増した。大排気量&ビッグパワーのV8エンジンに親しんできたアメリカ人にとっても、ロータリーエンジンのスムーズさとパワフルさは印象的で、ドライブした誰もが、モーターのような独特のフィーリングに驚嘆の声を上げたと言う。しかしロータリーエンジン車の販売は、1973年に突如起こったオイルショックにより失速してしまう。ガソリン価格の急騰が燃費の悪さを目立たせてしまったのだ。とくに1970年代の半ばにEPA(アメリカ環境保護局)から“ガスガズラー”(燃料大食い)の烙印を押されてからは、一般ユーザーの購入対象から外れてしまった。

鮮烈だった初代RX-7のデビュー

 そんな状況を打破し、ロータリーエンジンを再び人気者の座に引き戻したのが1978年3月にデビューしたサバンナRX-7(アメリカ名マツダRX-7)である。RX-7は、ロータリーエンジンのコンパクトさ、圧倒的なパワーという美点をフルに生かしたリアルスポーツだった。従来のモデルとは違い、純粋にロータリーエンジン専用車として開発されていた。

 2ローターのロータリーエンジンは、前車軸後方のミッドシップに配置され、前50.7対後49.3の理想的な前後重量配分を実現。リトラクタブル式ヘッドランプを採用したロングノーズのスタイリングは、圧倒的にスタイリッシュだった。ライバルとなるダットサンZX(フェアレディZ)や、ポルシェ924をパフォーマンスで凌ぎ、しかもリーズナブルな価格設定を実現したRX-7は、スポーツカーマニアだけでなく、幅広いユーザー層にアピールする。もちろん、燃費も大幅に改善されていた。ロータリーエンジン本体のリファインだけでなく排出ガス浄化システムの改良、最終減速比の見直しなどが行われ、従来より40%も燃費を改善していたのだ。

8年連続IMSAチャンピオンを獲得!

 素晴らしいパフォーマンスをグッドルッキングなスタイリングで包み、しかも経済性まで身に付けたRX-7は、魅力の塊だった。発表と同時に各地のディーラーには購入希望者が殺到。需要に供給が追いつかない状態が続く。モータースポーツでの活躍も販売に弾みを付けた。デビュー翌年の1979年2月のデイトナ24時間レースで、初挑戦にも関わらずGTUクラスで優勝。速さに磨きをかけた1980年以降はまさに無敵の存在で、なんと1987年まで8年連続IMSA(インターナショナル。モータースポーツ・アソシエーション)GTUクラス年間チャンピオンに輝くのだ。極限のモータースポーツで磨いた信頼性は、市販モデルに効果的にフィードバックされ、RX-7は、年を追う毎に魅力を鮮明にしていく。RX-7は、まさに“進化するスポーツカー”、ユーザーは憧れを込めて“ロータリーロケット”と呼んだ。

後期型GSL-SEは13B型ロータリー搭載

 写真を紹介している1984年モデルは、初代RX-7の後期型だ。アメリカでのグレード構成は、GSL-SE/GSL/GS/Sの4グレード。リアサイドに赤いマーカーレンズが追加している以外、外観は日本仕様と共通。内装もハンドル位置を除いて日本仕様そのままだ。
 注目は最上位グレードのGSL-SEのパワーユニットである。GSL以下のパワーユニットは日本仕様と共通の12A型573cc×2(101hp)だが、GSL-SEだけは、ひと回り大型の654cc×2の13B型(135hp)を搭載していた。カタログでは「34%増大したパワーと、24%も太いトルクが優れたパフォーマンスを約束します」と特別なRX-7であることを明言。GSL-SEは0→60mph(96km/h)加速8秒、0→400m加速16.1秒の俊足を誇った。専用デザインのアルミホイールに装着するのはピレリ製ラジアルタイヤ。リアアクスルにはLSDも組み込まれていた。ただし、走りを重視しただけのスパルタンな存在ではなく、本革バケットシート、高級オーディオシステムなどを標準装備し“大人のスポーツカー”としてのキャラクターも鮮明にしていた。