セドリック1900バン 【1961,1962,1963,1964,1965】

乗用車感覚あふれる高級マルチユースモデル



バンはモーターリーゼーション初期の人気モデル!

 モーターリーゼーション初期の日本ではライトバン(バン)の人気が高かった。ライトバンは車両区分上は乗用車ではなく、商業車の分類となり、平日は個人事業主や商店などの仕事の足として活躍。休日はファミリーカーとしてドライブを楽しめるマルチユースモデルとして認識されていた。クルマが贅沢品だった時代にはライトバンはポピュラーな存在で、しかも人気モデルだった。

 ライトバンの多くは、乗用車や小型トラックのボディをベースとして、トランクと荷台の部分にまでスチール製のルーフを延長。左右に第三のウィンドウを設けたものだった。もちろん後部には開閉可能なもう一枚のドアを加え、荷物の出し入れがやり易いようになっていた。

1960年、セドリック誕生!

 日産自動車は、1953年に英国のオースチン社との技術提携により、オースチンA40サマーセットサルーンのノックダウン生産を開始する。英本国のモデルチェンジに沿う形で車種を変更しながら、1956年5月にはAA50ケンブリッジ・サルーンの完全国産化を成し遂げた。日産自動車は持ち前の技術力で最新のクルマ作りのノウハウを積極的に吸収したのだ。1960年3月にオースチン社との技術提携契約を終了すると、それに代わる本格乗用車として、独自開発による4ドアセダン、セドリックを発売する。

 30型と呼ばれる初代セドリックは、斬新なアメリカンタッチのスタイリングと縦目4灯型ヘッドライトを特徴としていた。エンジンは直列4気筒OHVの1488㏄(最高出力71ps/5000rpm)で、コラムシフトの4速マニュアル・トランスミッションを介して、重量1170kgの4ドアセダンを最高速度130km/hで走らせた。内外装はライバルであったトヨペット・クラウンに匹敵する豪華な装備が施され、デビューするやたちまち市場を2分することになる。もちろん実用的なバンも1960年3月に登場したセダンから約1年遅れの1961年2月に登場した。

国産初の電動ウィンドウ採用車

 バンのデザインはセダンと共通イメージ、相違点はリア回りに集中していた。車体後部までルーフを延長し、大きな第三の左右サイド・ウィンドウを設け、下側ヒンジで手前に開くリアゲートを加えていた。リアゲートは一枚ガラスの電動パワー式のリアウィンドウ(当時国産では初めてだった)を持つが、このリアウィンドウを開けないとリアゲートは開かないようになっていた。ウィンドウはドライバー席からもスイッチで開閉することができた。このあたりの設計は、当時のアメリカ車のワゴンと共通である。ちなみに乗用車仕様のステーションワゴンも1962年4月に加わるが、セドリックの場合、販売の主流はあくまで実用的でしかもリーズナブルなバンだった。

 ボディサイズは基本的には4ドアセダンのセドリックと同じ。室内スペースは国産車のバンとしては最大級のものとなった。シートは2列6人乗りで、後部座席はダブルホールディング式。後席を倒すとラゲッジスペースは飛躍的に拡大される。6名乗車の場合で400kg、前席のみで3名乗車の場合は500kgの積載が可能となっていた。

横4灯ランプが1900の証

 1962年10月にマイナーチェンジを受け、特徴的な縦型4灯のヘッドライトが横置き4灯型となり、ラジエターグリルのデザインもより豪華さを強調したものとなった。このモデルから排気量1883㏄の直列4気筒エンジンを搭載する1900シリーズがシリーズアップされ、バンにも1900が加わる。最高出力は88ps/4800rpmに強化され、ボディカラーも数種類から選べるようになった。

 セドリックは毎年リファインされ、完成度を高める。1963年9月に登場した1964年型では、フロントグリル形状を一段と繊細に変更し、ウインカーレンズを薄型に変更、室内ではインスツルメントパネルを全面刷新。翌1965年モデルではグリル形状を再びリファインすると同時に、リアランプのウインカーレンズをオレンジに変更した。見た目以外でも信頼性の向上などの改良点は多く実施される。

スタイリッシュな実用車として高い人気を博す

 バンとエステートワゴン(乗用車登録)の相違点は、後部ラゲッジスペースの折りたたみシートの有無と、後部ウィンドウの内側に配置された荷崩れによるガラス破損を防止するための横2本のクロームメッキバー、シート地など僅かなものであった。バン仕様車の価格は78万円となっており、同じボディのエステートワゴンの98万円と比べて大分お買い得であった。

 おそらく、当時の国産車の中でも数多いバン仕様車として最もスタイリッシュであり、同時に高性能であったセドリック・バンは、その後も1980年代までセダン系のチェンジに伴って内容、性能共に発展を続け、セドリックの隠れた人気モデルとなっていく。