ホンダ・デザイン01 【1962,1963,1964,1965,1966,1967,】

スポーツカーから実用車まで独自の個性を創出した1960年代



スポーツカーとトラックで4輪マーケットに挑戦

 モーターサイクルの分野ではリーディングカンパニーに成長していた1960年代初頭の本田技研工業。社長である本田宗一郎は次なる目標として、1962年1月の年初記者会見で四輪車市場への参入を高らかに宣言する。しかし、いくらモーターサイクルでの実績があるとはいえ、当時の日本の自動車市場にはすでに10社を超える四輪自動車メーカーが存在していた。さらに、乗用車の輸入自由化が間近に迫り、かつ通産省が特定産業振興臨時措置法(特振法)を実施しようとしていた。後発メーカーとしてうまく市場に新規参入するには、どのようなクルマを造ればいいのか−−。熟慮の末に本田技研は、モーターサイクルでのノウハウが活かしやすい小型スポーツカーと量販が見込める軽トラックの2車種を先行開発することに決定した。

 小型スポーツカーに関しては、1962年開催の第9回全日本自動車ショーにおいて「ホンダ・スポーツ360/500」として初披露される。そのうち、スポーツ500が「S500」と車名を変え、1963年10月に市販に移された。

珠玉のエンジンに最適なデザインの模索

 自動車マスコミから“驚異のメカニズム”と称されたS500の心臓部には、AS280E型531cc直列4気筒DOHCエンジンが積み込まれる。アルミ合金製の本体にダブルオーバーヘッドカムシャフト(DOHC)のヘッド機構、1気筒当たり1個の4連キャブレター(ケイヒンCVB型)、独立タイプのエグゾーストポートなど、レーシングエンジン並みのスペックを備えたAS280E型ユニットは、44psの最高出力を8000rpmという高回転で発生した。一方、シャシーに関しても本田技研の技術力が存分に発揮される。フレームは箱型断面の梯子型で、チューブタイプのクロスメンバーを装備。サスペンションは前ダブルウイッシュボーン/後トレーリングアームだったが、リアのアーム内(ケース形状)にはローラーチェーンが通り、フレームに固定したデフの両端と結ばれて後輪を駆動する。モーターサイクルの経験を生かしたこのユニークな駆動機構は、小さなボディの枠内で駆動メカニズムをコンパクトに収めるための選択だった。

 肝心のスタイリングについては、宗一郎の趣味もあって英国製スポーツカーを参考にしながら、ホンダならではの個性を演出する。具体的には存在感あふれるダイナミックなフロントマスクにフェンダーの峰を走るクロームメッキモール、微妙な張りを持たせたリアフェンダー、シンプルかつプレーンな印象のリアビューなどで構成する。実際の製作工程では、宗一郎自身が何度も手直しを指示したそうだ。

 ホンダの“S”はその後、エンジン排気量の拡大を矢継ぎ早に実施していく。1964年3月にはAS285E型606cc直列4気筒DOHCエンジン(57ps)を採用する「S600」をリリース。また、ビジネスシーンの要望に応えて、クーペボディもラインアップする。1965年12月には、AS800E型791cc直列4気筒DOHCエンジン(70ps)を積む「S800」を発表した。排気量アップに合わせて、外装デザインも積極的にリファイン。グリルやバンパー、リアコンビネーションランプなどを巧みに変更していった。

大型Hマークを前面に配した高性能軽トラック

 一方の軽トラックに関しては、ホンダ・スポーツと同様に1962年開催の全日本自動車ショーで初陣を飾る。車名は「T360」で、1963年8月に市販を開始した。
 T360で最も注目を集めたのは、動力源となるエンジンだった。何と国産量産車初となるDOHCユニット(AK250E型354cc直列4気筒DOHC)を採用していたのである。パワー&トルクはクラストップの30ps/2.7kg・mを発生し、最高速度は100km/hに達した。T360はスタイリングも要注目で、宗一郎自身がデザインを主導する。ボディはミッドシップエンジンレイアウトのセミキャブ形状が基本。ここに補強プレスを兼ねたボンネットのHマークに丸目2灯のヘッドランプ、クラス最大級サイズの荷台などを配し、他社の軽トラックとはひと味違う個性を演出していた。

 1967年9月になると、2代目の軽トラックとなる「TN360」が市場デビューを果たす。ボディ形状はフルキャブオーバーへと衣替えし、エンジンは354cc直列2気筒OHC(30ps/3.0kg・m)に換装されたものの、フロント部のHマークと丸目2灯式ヘッドランプは健在。また、リアのド・ディオンアクスルやモノコックボディといった新メカニズムも導入された。

エッジの利いたスタイリングを採用した軽乗用車

 軽トラックを進化させる一方、本田技研は同社初の本格的な乗用タイプとなる2BOX軽自動車の開発を推し進める。そして1966年開催の第13回東京モーターショーで「N360」を発表し、翌1967年3月から市販に移した。

 フロントに横置き搭載されたエンジンは新開発のN360E型354cc直列2気筒OHCで、パワー&トルクは31ps/3.0kg・mを発生する。室内空間の広さを最重要視したFF方式の2BOXスタイルは、丸みを帯びた既存の軽乗用車群とは一線を画し、エッジの利いた直線基調のデザインを採り入れた。さらに、樹脂化したフロントフェンダーおよびトランクリッドやロール成型一体タイプのメッキバンパー、Hマークとウィンカーランプ枠を一体化したフロントグリル、アルミ成型のドアハンドルなど、随所に新しいアイデアが盛り込まれていたのである。