オリジン 【2000】

国内生産累計1億台達成を記念したスペシャルセダン



世界的な合従連衡下でトヨタブランドを強くアピール

 バブル景気の崩壊による業績悪化を何とか乗り切った1990年代後半のトヨタ自動車。しかし、予想外の事態が同社を襲う。1998年5月に発表されたダイムラー・ベンツとクライスラーの合併だ。これを契機に経済マスコミは、こぞって「今後生き残れる生産規模は400万台がライン」「世界中で自動車業界再編の波が起こる」と論評した。トヨタが今後も世界の自動車メーカーのなかで主要な位置を占めるには、規模の拡大が求められた。

 この状況に対し、トヨタ自動車の対応は非常に早かった。1998年9月にダイハツ工業株の公開買付を行い、最終的にトヨタのダイハツに対する出資比率は従来の34.5%から51.2%にまで上昇する。さらに2000年3月には日野自動車への出資比率も33.4%にまで引き上げ、加えてサプライヤー企業であるデンソーやアイシン、さらに提携ボディメーカーである関東自動車工業やセントラル自動車などとの協力関係も強化した。

 グループとしての強固な体制を構築したトヨタ自動車。一方で首脳陣は、ユーザーに対して“トヨタ”ブランドを強くアピールする方策も打ち出す。国内自動車生産の累計1億台を達成した記念事業を、大々的に行おうとしたのだ。その一環として企画されたのが、純自家用乗用車として1955年1月に発表された「トヨペット・クラウン(RS型)」をモチーフとするスペシャルモデルの設定だった。

開発・生産は関東自動車工業が担当

スペシャルモデルの開発に関しては、クラウンRSの機能部品の多くを使用してタクシー用に仕立てた「トヨペット・マスター(RR型)」(1955年1月デビュー)の開発および生産の経験を持ち、その後も多種多様なトヨタ車を手がけてきた関東自動車工業が担当する。当時、「チャレンジー05(企業体質再構築計画)」活動を展開していた関東自動車工業は、自社のポテンシャルを100%表現するために最高レベルの開発・生産体制を構築。提携するエス・エヌ・ビーや遠藤製作所、畔柳工業、増井製作所などにも協力を仰ぐ。同時に、このプロジェクトにはセンチュリーの生産などで培った“匠の技”を伝承する役割も持たせた。

 スペシャルモデルの基本シャシーには、トヨタの“ミディアム高級セダン”である「プログレ」(JCG11型系)のものが使用される。前後ダブルウィッシュボーン/コイルのサスペンションは、車重の増加に合わせて専用にセッティング。動力源には2JZ-GE型2997cc直6DOHC24V・VVT-iエンジン(215ps/30.0kg・m)+ECT-iE(電子制御フレックスロックアップ付き4速AT)を搭載し、VSCやABS、レーダークルーズコントロールなどの最新技術も組み込まれた。

初代クラウンの個性である観音開きを再現

 外装に関しては、クラウンRSの特徴的な意匠を現代の技術で巧みに再現する。具体的には、観音開きドアやCピラーまで回り込んだリアガラス、ボリューム感のあるエンジンフードに丸目2灯式のヘッドランプ、独特な造形のメッキ式フロントグリル、縦長のリアコンビネーションランプなどを採用した。ボディカラーはライトグレイッシュブルーマイカメタリックモリブデンを筆頭に、ブラックとブルーマイカの計3タイプを設定。塗装工程では完全水研という手作業を敢行した。

 内装の骨格についても基本的にプログレを流用するが、素材や工作については徹底的にこだわった。レザーシートは縫い目のピッチを変更し、より高級感のある表地を実現。本木目パネルにも厳選した高級材を使用する。内装の基調カラーはアイボリーで統一。メーター類には専用の配色を施した。

車両価格700万円、限定1000台で発売

 トヨタと関東自動車工業がコラボしたスペシャルモデルは、2000年11月に市場デビューを果たす。車名は“起源”を意味する「オリジン」(JCG17型系)。車両価格は当時のセルシオ(UCF20/21型)よりも高い700万円の設定で、販売台数は限定1000台とされた(実際は1000台+αを製造)。生産に関しては、東富士工場においてセンチュリーの製造ラインから選ばれた熟練スタッフが担当。外装はほぼ手作業によって製作され、内装についても最高レベルの工作精度で仕立てられた。

 オリジンはクルマのキャラクターや車両価格以外にも注目を集めるトピックがあった。トヨタの全販売チャンネルから購入できたのである。1980年以降、トヨタは5チャンネル体制で販売を展開してきたが、そのすべての系列ディーラーで買えるモデルはオリジンが初だった。

開発体制の強化を図った関東自動車工業

 オリジンの生産を開始した2000年、関東自動車工業(本社・横須賀市)は開発体制における重要な強化策を実施する。同じトヨタ・グループのボディメーカーで神奈川県に本拠を構えるセントラル自動車(本社・相模原市)の開発部門、具体的には車両企画部および技術部を自社の組織に統合することとしたのだ。

 高級車のセンチュリーやマルチパーパスビークルのスパシオ等の開発・生産を手がける関東自工、一方でスポーツモデルのMR-Sやユニバーサルデザインのラウム等の開発・生産を行うセントラル自動車。両社はWiLL・Viの開発を含めて、30年以上の協力関係を築いていた。来たるべき21世紀に向けて両社が持っている開発力を改めて結集し、車両開発のさらなる強化と周辺事業である特装・用品の拡充を目指す−−。そうした新体制の構築が、グローバル化が進む市場においての最善の回答策だったのだ。両社の提携関係は2000年代に入ると一層の深化が図られ、2012年には関東自工がセントラル自動車(とトヨタ自動車東北)を吸収合併する形で新たに「トヨタ自動車東日本」を発足させたのである。