エコロジー・マツダ01 【1991,1992,1993,1994,1995】
水素を燃焼させて動力を得る“水素ロータリーエンジン”の開発
地球温暖化による異常気象や生態系への悪影響などが世界規模で問題視され始めた1990年代の初頭。その対応策として自動車業界では、CO2の削減や化石燃料依存からの脱却などが重要な克服テーマとなり、環境対策を施した動力源の研究開発が積極的に推し進められた。
ロータリーエンジンやPWSディーゼルエンジン、さらに四輪操舵の4WSシステムなど、高度なテクノロジーを具現化してきたマツダは、環境対策として“マルチソリューション(複数の解決策)”を掲げる。その戦略のなかで率先させたのは、「水素エネルギーの活用」だった。水素は(1)酸素と反応させてエネルギーを取り出した後は水になる(2)化石燃料からの精製だけでなく水の電気分解や様々な工場の副生成物として得ることができる(3)再生可能エネルギーを用いて水素を製造すれば循環型エネルギー社会が形成できる、などの特長を持つ。クルマの燃料として使用する場合、インフラの整備(水素ステーションの設置など)や安全性の向上(水素は酸素と混合すると燃えやすい)といった課題の克服を必要とするが、環境対策におけるエネルギー源としては非常に魅力的な存在だった。
当初、マツダは既存のレシプロとロータリーの両エンジンをベースにして水素燃料化を模索する。そして様々な検討の結果、水素ロータリーエンジンの研究開発を推し進めることに決定した。
ロータリーエンジンは、水素燃焼に適した特性を備えていた。まず、構造的に吸排気バルブを持たず、同時に低温の吸気室と高温の燃焼室が分かれているため、水素燃焼において問題となるバックファイアなどの異常燃焼を回避しやすかった。さらに、ロータリーはレシプロに比べて混合気の流動が強く、かつ一行程あたりの時間が長いために水素と空気の十分なミキシングが可能だった。
ガソリンによる燃焼と比較して半分程度にとどまるといわれる水素燃焼の出力特性は、直接噴射と予混合の併用によって克服する道を選択する。ロータリーエンジンはその構造上、インジェクターのレイアウト自由度が高く、直接噴射方式に適していた。開発陣はこの特長を活かし、インジェクターの設置位置に様々な検討を加える。そして最終的には、ローターハウジング上方に電子制御式水素ガスインジェクターを配置することとした。また電子制御に関しては、時を経るごとにバージョンアップを敢行する。一方、予混合については専用のガスインジェクターを吸気管部に設け、走行状況に応じて直噴と予混合を併用可能とした。
マツダの水素ロータリーエンジン車は、1991年開催の第29回東京モーターショーにおいて初陣を飾る。ブースの一段高いところに鎮座した参考出品の水素ロータリーエンジン車は、「HR-X」と名づけられていた。搭載エンジンは専用の“10X”499cc×2ローターで、パワー&トルクは100ps/13.0kg・mを発生。肝心の燃料タンクには、水素吸蔵合金タイプを組み込んでいた。翌1992年になると、水素燃料と空気中の酸素を反応させて発電して電動機を駆動する燃料電池車の「FC Golf cart」の走行実験を実施。このFC車には、水素吸蔵合金タンクと燃料電池を搭載していた。
1993年に入ると、水素ロータリーエンジンの第2号車となる「HR-X2」と水素ロータリーエンジンを積んだユーノス・ロードスターの「ロードスターHV」が開発される。HR-X2は654cc×2ローターの水素燃焼エンジンを搭載し、130ps/17.0kg・mのパワー&トルクを発揮。また、内外装の構成材に独自開発の「液晶ポリマー強化プラスチック」を採用してリサイクル性を向上させた。一方のロードスターHV(Hydrogen Vehicle)は654cc×2ローターの水素燃焼エンジンをフロントに、水素吸蔵合金タンクをリアのトランクに配置。日本自動車研究所(JARI)において走行会も行った。
水素ロータリーエンジン車の研究開発は、まだまだ続く。1995年になると、水素燃焼の654cc×2ローター(125ps/17.9kg・m)を積む「カペラ・カーゴHV」が水素自動車として国内初の大臣認定を取得。後に新日鉄と共同で公道での走行実験を行い、4年間で約4万kmを走行して多くのデータを収集した。
クリーン性能とクルマ本来の気持ちのいい走りとの調和を図ることができ、かつ従来の内燃機関と同様の使いやすさが確保できる水素ロータリーエンジン車。その開発プロジェクトはマツダ本体の経営逼迫およびフォード傘下への体制変更によって一時棚上げになるものの、新世代ロータリーの“RENESIS”13B-MSP型が登場するのを機に、水素でもガソリンでも走れる“デュアルフューエルシステム”や水素ロータリーエンジン+モーターのシリーズ式ハイブリッド機構に発展していくのである。