アルファロメオTZ 【1963,1964,1965,1967】
ザガート製ボディをまとった珠玉の高性能GT
日本で東京オリンピックが開催される前年の1963年、「アルファロメオTZ」と呼ばれる高性能スポーツ・レーシングカーの生産が開始された。プロトタイプは1962年に開催されたトリノ・ショーで公開されていた。今日に至るレーシングカーの歴史のなかで、最も美しいスタイルを持ったモデルの1台だ。
車名のTZ(Tubolare Zagato=チュボラーレ・ザガート)とは、独特のフレーム構成であるチューブラー・スペースフレームの“T”とスタイリング・デザインを手がけたカロッツェリア・ザガートのイニシャル“Z”を組み合わせたもの。公道走行が可能なものの、その本質は純粋なレーシングマシンであり、同年代のル・マン24時間レースやタルガ・フローリオ、ツール・ド・フランスなどの長距離耐久レースを中心に大活躍した。1963年から1967年までに、112台(諸説あり)が造られたという。
アルファロメオTZは、ある日突然に誕生したわけではない。この時代のスポーツ・レーシングカーの多くがそうであったように、既存の量産車をベースとして、サーキットでのレースに出場可能な性能に仕上げたスペシャルモデルだ。直接的なベースとなったのは、1962年からラインアップされたジュリアTIやスーパーなどの“ジュリア”シリーズである。
4ドアセダンのTIを皮切りにデビューしたジュリア・シリーズには、1963年10月のフランクフルト・モーターショーでジュリア・スプリントGTが加わる。カロッツェリア・ベルトーネのチーフスタイリストに在ったジョルジエット・ジウジアーロによる4人乗りの2ドアクーペは、その高性能とスタイルのよさでたちまちアルファロメオ・ブランドの人気車種となった。ある記録に依れば、スプリントGTだけでも1963年から1966年までに3万5782台が生産されたというから、人気の高さが窺える。ジュリア・シリーズは、様々なバリエーションモデルのベースとなったことでも知られており、スパイダーからレーシングマシンに至るまで、その種類は20種を超える。ジュリアTZはそうしたバリエーションのひとつであり、最も硬派なスポーツ・レーシングカーとなったのである。
TZがジュリア系のコンポーネンツを使っていたといっても、基本的な部分が共通しているというだけであり、ほとんどの部分は新しく造り直されていた。
クルマの基礎となる鋼管スペースフレームは、アルファロメオ社に在籍していたフレーム設計のスペシャリストであるエド・マゾーニの設計によるもので、量産車とは全く関係の無い構造を持つ。実際に製作したのはアンブロジーニという小さな専門メーカーだった。それは、数十本の細いスチール製の直線パイプを応力の強さに応じて溶接して組み上げたもの。軽量化とスタイリングが自由になる利点はあるが、製作には手数やコストがかかり、生産性はよくない。それでも、1960年代初期の時代では高性能レーシングマシンにとっては理想的なシャシー構造とされていた。
TZのボディは総アルミニウム製で、鋼管スペースフレームの上に被せられる。スペースフレームが路面からのショックの全てを受け止めるため、ボディ自体は力を受けないので、極めて軽量なものとなっていた。
スタイリング・デザインは同時期にカロッツェリア・ザガートのチーフスタイリストだったエルコーレ・スパーダが担当し、原型のデザインは1959年には完成していた。ホイールベース2200mmの小柄なボディだが、空気力学的にも極めて優れたスタイリングで、流れるようなフロントからのボディラインは、後端部で反り上がっており、さらに逆角に断ち落とされている、典型的なコーダトロンカ(coda tronca=イタリア語で切断された尾部の意)のスタイルを持つ。ボディサイズは全長3950mm、全幅1525mm、全高1200mmと決して大きなものではない。乗車定員は2名である。
フロントに縦置きされ、後2輪を駆動するエンジンは、排気量1570ccの水冷直列4気筒DOHC。9.7の圧縮比と45DCOE型ウェーバーキャブレター2基を装備して、112hp/6500rpmの最高出力と13.5kg・m/4200rpmの最大トルクを発揮した。
直接的なベースとなったエンジンはジュリア・シリーズのもので、エンジンチューナーとして知られたコンレロの手法により、ピストンや吸排気バルブ、電装関係に大幅な改良が加えられていた。レーシングマシン用のエンジンとしては控えめな性能だが、いうまでもなく実際にレースへ出場する時には極限にまでチューンアップされることとなる。トランスミッションは5速マニュアルが標準で、ギアレシオはサーキットによって容易に変更できた。
サスペンションは前がダブルウイッシュボーン/コイルスプリング、後ろもダブルウイッシュボーン/コイルスプリング(正確にはウイッシュボーンと固定長ハーフシャフトでダブルウイッシュボーンのジオメトリーを形成)。ブレーキは4輪ディスクで、後輪はインボードタイプ(ブレーキディスクがデファレンシャルギアの横にある形式)となる。ホイールはカンパニョーロ社の軽合金製。タイヤは前後輪同一サイズのもので、155R-15から6.00-15まで数種が選べた。
性能的には空車重量が660kgと軽かったため、標準仕様でも最高速度は215km/hが可能で、チューニングの程度によってさらに高性能を発揮することができた。標準仕様の価格は、1963年時点で370万リラとなっていた。
ジュリアTZは当初からモータースポーツ参戦者を対象にGTクラスのレーシングスポーツカーとして販売することを前提にしていた。そのため、きわめて実際的な設計が多く採り入れられたものである。その目的通り、TZはモータースポーツの舞台で大活躍し、アルファロメオの名をさらに高めた。一方、TZは日本市場には代理店を通じての正式輸入はされなかったが、後年になって何台かが愛好家の手によって持ち込まれている。
ジュリアTZはデビュー後に性能を大きく向上させて、アルファロメオのセミワークスチームであるアウトデルタのレースマシンとして数台(9台ないし10台といわれる)が造られた。この高性能版のTZは「TZ2」と名づけられたが、それに伴ってオリジナルのTZは「TZ1」と呼ばれることもある。TZ2はTZ1をベースにしながらボディスタイルに実戦的な改造が加えられ、TZ1のような美しさは失われたものの、純粋なレース用モデルとしての獰猛さを感じさせる造形に変わった。また、TZはジウジアーロの名作のひとつであるカングーロ(1964年)やピニンファリーナによるジュリア・スポルト・クーペ・スペチアーレ(1965年)のベースとなったことでも知られる。Tubolare ZagatoことTZ−−まさに名車である。