レオーネ 【1977,1978,1979】

53年排出ガス規制に適合した“六連星”

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NEWレオーネで昭和53年排出ガス規制を克服

 懸案となっていった大気汚染問題に対し、環境庁の諮問機関である中央公害対策審議会の大気部会自動車公害専門委員会は1972年8月に「自動車排出ガスの長期設定方策」を答申する。その内容は「1975年以降に生産する乗用車は、CO(一酸化炭素)を2.1g/km、HC(炭化水素)を0.25g/km、NOx(窒素酸化物)を1.2g/km以下まで、1976年度にはNOxを0.25g/km以下まで低減する」という厳しいものだった。

 これを受けて環境庁は「自動車排出ガス量の許容限度の設定方針について」を公示し、1974年1月に「自動車排出ガス量の許容限度」を策定する。まず昭和50年(1975年)規制では、CO2.1g/km、HC0.25 g/km、NOx1.2 g/km以下に規定。続く昭和51年(1971年)規制では、自動車メーカーの技術開発期間を考慮してNOxの暫定規制値となる大型車0.85g/km/小型車0.6g/kmが提示される。そして昭和53年(1978年)規制では、ついにNOxを0.25g/km以下とした。

 段階的に厳しさを増していく排出ガス規制に対し、富士重工業(現SUBARU)は1973年10月に低公害技術のSEECを発表する。SEECはSubaru Exhaust Emission Controlの略だった。また1975年1月には、51年規制に対応したSEEC-T(TはThermal&Thermodynamic systemの意)を公開。SEEC-Tは温水の余熱で吸気温度を上げ、混合気の燃料を薄くする仕組みで、バルブ・オーバーラップの拡大により排気ガスを還流させることができた。

 触媒やサーマルリアクターなどを装着せず、エンジン本体で排出ガス規制をクリアするこの新機構は、富士重工業の技術力の高さを世界に大きくアピールする。そしてこのSEEC-Tは、細かな改良とEGRの追加によって最も厳しい53年規制も難なく突破し、1977年3月に発表、翌4月に発売したマイナーチェンジ版NEWレオーネのEA63型(1361cc)とEA71型(1595cc)の2機種の水平対向4気筒エンジンに採用されて市場に放たれる。この時点での53年規制の克服は、業界トップという快挙。さらに、EA71型にツインキャブ仕様のスポーツエンジンを残していたことも市場から注目を集めた。

内外装のグレードアップと走行性能の向上も実施

 NEWレオーネは排ガスのクリーン化と同時に、内外装の大がかりなリフレッシュも行われた。ボディについては、全幅を50〜60mm拡大。また、リアトレッドも40mm広げて走行安定性を向上させる。エクステリアデザインについては、精悍なイメージのフロントマスクにシャープなキャラクターライン、安定感と力強さが増したリアビューなどによって新鮮味や質感をアップ。ボディタイプは4/2ドアセダンと2ドアハードトップ、そして2ドアクーペをラインアップした。

 インテリアに関しては、着座ラインを基準に上下2分割にレイアウトしたホリゾンタルセパレートデザインに刷新する。インパネはアッパートレーを配したダッシュボードに、視認性を重視してリデザインしたコンビネーションメーターやパイロット式ランプを集中配列した警告灯をセット。ステアリングには世界4カ国で特許を取得した独自設計の衝撃吸収タイプを装備した。また、シート表地はグレードの性格に合わせてベロアやタータンチェック柄ファブリック、起毛トリコットクロス、ハトメ付きレザーなど豊富に設定。トランク開口部を拡大して積載時の利便性を引き上げたことも、NEWレオーネの特長だった。

最上級モデルのGrand Amシリーズを追加

 競合メーカーが排出ガス対策に苦心するなか、いち早く規制を乗り越え、しかも内外装の大幅な変更やツインキャブ仕様スポーツモデルの設定維持も果たしたNEWレオーネ。その姿勢は市場でも高く評価され、販売台数はライバル車を尻目に順調な伸びを示した。

 この勢いを維持すべく、富士重工業はNEWレオーネの車種拡大を積極的に実施していく。まず1977年10月には、北米仕様の大型バンパーに華やかな色彩の内外装を採用した最上級バージョンの「Grand Am(グランダム)」シリーズをハードトップに設定。翌'78年2月には4ドアセダンのグランダムと高性能スポーツモデルのクーペRX/Aをラインアップに加えた。
 1978年7月にも小変更を施したNEWレオーネ。しかし、この頃になると53年規制をクリアしたうえで内外装もリファインしたライバル車が急速に台頭し、市場でのNEWレオーネのシェアは落ち込むようになる。打開策として富士重工業は、レオーネのフルモデルチェンジを決断。1979年6月に2代目となる「ザ・NEWレオーネ」を発売したのである。

米国市場用に4WDピックアップを開発

 レオーネに最上級モデルのGrand Amシリーズを追加した1977年10月、富士重工業は米国市場に向けた新型車の輸出を開始する。レオーネ4WDをベースにピックアップ化した「BRAT(ブラット。Bi-drive Recreational All-terrain Transporterの略)」を1978年モデルとして設定したのだ。

 ブラットの企画を提案したのはSOA(スバル・オブ・アメリカ)で、現地での地道なマーケティング活動を展開した結果、小型ピックアップトラックの需要が多いことを確認し、本社に開発を提案した。輸出専用車に位置づけられたブラットは、レオーネのボディ後半部を荷台に変更し、さらにFRP製カバーや荷台設置の補助シートなどを設定してレクリエーショナルビークル色を強める。

 1981年にはベース車の全面改良に伴って新型に移行し、Tバールーフ(ハローツインルーフと呼称)仕様などもラインアップした。米国の若者層を中心に熱い支持を集めたピックアップ版レオーネは、後に欧州(車名は「スバルMV」)や豪州(同「スバル・ブランビー」)市場などへも輸出されて販売台数を伸ばし、最終的に1990年まで生産が続けられた。