リトモ 【1978,1979,1980,1981,1982,1983,1984,1985,1986,1987,1988】

イタリアの巨人が手がけた革新のFFハッチバック

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コードネーム“138”プロジェクトの立ち上げ

 1973年に巻き起こったオイルショックは、世界中の自動車メーカーのクルマ造りに大きな影響を及ぼした。パワー競争やハイグレード路線から、燃費性能に優れる実用車、とくに横置フロントエンジン・フロントドライブ(FF)方式の高効率パッケージを採用する小型車の企画・開発へと移行していったのである。その中心車種が、新世代のFF小型ハッチバック車として1974年にデビューしたフォルクスワーゲンの「Golf(ゴルフ)」(Type17)だった。「前輪駆動で大人5名が乗れる小型ハッチバック車」というコンセプトのもと、イタリアの名デザイナーであるジョルジェット・ジウジアーロが車両デザインを手がけたゴルフは、広い居住空間と荷室スペース、安全性の高いボディに操縦安定性に優れたシャシー、そして実用的なパフォーマンスなどで高い評価を獲得。FF小型車のベンチマークに成長する。さらに、1976年に登場した高性能バージョンの「ゴルフGTI」では、“ホットハッチ”という一大ムーブメントを巻き起こした。

 これからの大衆車メーカーは、高効率パッケージを有するFFハッチバックモデルを設定しなければ生き残っていけない−−。オイルショックによって業績が悪化し、打開策としてリビア政府(最高指導者はかのカダフィ大佐)から多額の融資を受けて経営の立て直しを図っていたイタリア最大の自動車メーカーであるフィアットS.p.Aは、再起をかけてFF小型ハッチバック車の新プロジェクトに邁進する。開発のコードネームは“138”。使用するコンポーネントに関しては、開発期間やコストなどを鑑みて既存の128用を可能な限り受け継ぐ方針を打ち出した。

イタリア語で“リズム”を意味する車名で市場デビュー

 フィアット渾身の新世代FF小型ハッチバック車は、イタリア語で“リズム”を意味する「Ritmo(リトモ)」の車名を冠して1978年開催のトリノ・ショーでワールドプレミアを飾り、間もなく市販に移される。ボディタイプは3ドアハッチバックと5ドアハッチバックの2種類を設定した。

 リトモの基本骨格は、剛性および衝突安全性を高めたハッチバック形状のモノコックボディで構成する。ホイールベースは2448mmに設定。懸架機構はフロントにマクファーソンストラット/コイル、リアにストラット/横置きリーフという4輪独立懸架を採用した。ブレーキ機構には前ディスク式/後ドラム式をセット。操舵機構にはローラーベアリングを組み込んだラック&ピニオン式を導入し、タイヤには145SR13サイズを標準で、165/70SR13サイズをオプションで用意した。

 FFの駆動レイアウトで横置き搭載するエンジンは、鋳鉄ブロックにアルミヘッドを組み込んだ1116cc直列4気筒OHC(60hp)/1301cc直列4気筒OHC(65hp)/1498cc直列4気筒OHC(75hp)のガソリンユニットを設定する。燃料タンク容量は、このクラスとしては大きめの51L。トランスミッションには4速MT/5速MTのほか、フォルクスワーゲン製の3速ATを組み合わせた。

個性的なデザインには名カロッツェリアが参画

 フィアットのデザインセンターであるCentro Stile Fiatの責任者、セルジオ・サルトレッリが主導し、名カロッツェリアのベルトーネが参画した車両デザインは、本格的な風洞実験から生まれた2ボックスのスタイリングを基本に仕立てられる。空気抵抗係数はクラストップレベルのCd値0.38を実現。また、左右非対称のグリルおよびバンパーに低くスラントしたノーズ、フードとバンパー内に組み込んだ丸目2灯式のヘッドランプ、シャープな造形のドアミラーとキャラクターライン、わずかに反り返ったダックテールのルーフ後端、未来的な造形のホイールなど、どこから見ても独特のムードを醸し出した。

インテリアも個性的で、四角いメーターナセルと幅広い棚を一体化したダッシュボードやカラーコーディネートしたドアトリム、シーソープッシュ式のスイッチとドアロック、クッションの厚い新デザインのシートなど、随所でイタリアンモダンを演出する。もちろんリアシートはホールディング機構付きで、2分割式バックレストを選択することもできた。

 エンジン出力に合わせてリトモ60/リトモ65/リトモ75というグレード名で販売されたフィアットの新型FF小型ハッチバック車は、本国イタリアをはじめとする欧州市場で好調なセールスを記録する。また、アメリカ市場には法規に則した大型バンパーや触媒などを装着し、1979年より「ストラーダ(Strada)」のネーミングで輸出。日本でもこのアメリカ仕様をベースとしたモデルが、リトモの車名で販売される。さらにこの年、Targa Oro仕様や1049cc直列4気筒OHC“Brazil”エンジン(55hp)搭載車などもラインアップに加わった。

高性能バージョンのアバルトシリーズを設定

 1980年、リトモ・シリーズには1980年、1714cc直列4気筒OHCディーゼルエンジン(55hp)を採用するリトモDが追加される。1981年になると、1月に高性能バージョンのリトモ スーパー75/85が登場。75は専用キャブレターやツインエグゾーストシステム、専用カムプロフィール等で75hpに出力アップした1301cc直列4気筒OHCエンジンを、85は同様のチューニングで85hpに出力アップした1498cc直列4気筒OHCエンジンを搭載し、同時に専用セッティングの5速MTやサスペンション、165/65SR14タイヤなどを組み込んでいた。

5月には、さらなる高性能モデルでゴルフGTIの対抗版となる105TCを発売する。搭載エンジンは最高出力105hpを発生する1585cc直列4気筒DOHCユニットで、専用ギア比の5速MTに容量をアップしたクラッチ、強化タイプのサスペンションとブレーキ、165/65HR14タイヤ+アロイホイールなどを設定していた。9月開催のフランクフルト・ショーでは、105TCのさらに上をいくハイパフォーマンスモデルのリトモ・アバルト125TCが発表される。アバルトが手がけたモータースポーツ用リトモのグループ2仕様をベースとした強化シャシーに、ウェーバー34DMTRキャブレターを装着する1995cc直列4気筒DOHCエンジン(125hp)とZF製の5速MTを組み合わせたパワートレイン、専用デザインの内外装スポーツパーツなどを採用した至極のホットハッチは、当時の走り好きから熱い支持を集めた。

開発・製造を担ったベルトーネの名を冠したオープンモデル

 リトモ・アバルト125TCがデビューした1981年開催のフランクフルト・ショーでは、もう1台の新バージョンが注目を集める。カロッツェリア・ベルトーネが開発・製造したオープンモデルのベルトーネ・リトモ・カブリオだ。最大のライバルは、もちろんゴルフ・カブリオレ(1979年デビュー)。オープンボディ化に当たっては、3ドアボディのスーパー85をベースに、フロントピラーやサイドシル、フロアおよびキャビンまわりの補強、センター部へのロールバーの設置などを行う。格納式のキャンバストップは耐久性を重視した4レイヤーで仕立て、リアシートには専用造形の2名乗りタイプを装備した。生産についてはベルトーネのグルリアスコ工場で実施。ヨーロッパ市場ではベルトーネブランドで販売した。

 1982年10月になると大がかりなマイナーチェンジが行われ、通称“2ndシリーズ”に移行する。外装では大型の横桟グリルと丸目4灯式ヘッドランプ、平行四辺形にFIATの文字を入れたエンブレムを図案化した斜めのクローム5本ライン、新造形のバンパー、視認性を高めた大型リアコンビネーションランプなどを採用。内装ではメーター周囲にスイッチおよび調整レバー類をより集中させたインパネや新デザインのシート&ドアトリムなどを組み込むと同時に、装備類のグレードアップを図った。車種設定では、減速時の燃料カットオフ機構や電子制御イグニッションなどを盛り込んだ1116ccエンジンに、空気抵抗を低減する外装パーツを備えた省燃費仕様のES(Energy Saving)を設定したことが注目を集める。また、高性能バージョンのスーパーは70/85へと切り替わり、ディーゼルエンジンの出力も58hpへとアップした。

 1983年になると、カブリオや105TCも2ndシリーズにチェンジ。そして、同年6月には125TCの後継で、さらなる高性能化を図ったリトモ・アバルト130TCがデビューする。1995cc直列4気筒DOHCエンジンは、新たに電子制御イグニッションを導入。同時に吸排気系の見直しも行い、最高出力は130hpにまで向上する。さらに、シャシーのリセッティングや新デザインの内外装パーツの装着などを実施。スポーツハッチバックとしての魅力度を、いっそう引き上げていた。

多様な改良を経て10年に渡って生産

 1985年中には再度のマイナーチェンジが行われ、通称“3rdシリーズ”に切り替わる。内外装デザインではバンパー&サイドモールやドアノブ形状の刷新、インパネおよびシートの変更、装備アイテムのバージョンアップなどを実施。また、ディーゼルエンジンは新設計の1697cc直列4気筒OHCユニット(60hp)に換装される。さらに、従来の105TCはエンジンをリファインするなどしてグレード名を100スーパーに改称。この仕様をベースとするオープンモデルのスーパーカブリオも設定された。

 1986年2月になると、空冷式インタークーラーを組み込んだ1929cc直列4気筒OHCディーゼルターボエンジン(80hp)を搭載するTurbo DSがラインアップに加わる。経済的で、かつ高速巡航も快適にこなすTurbo DSの設定は、モデル末期のリトモに新たな話題をもたらした。
 1988年1月には、リトモの実質的な後継モデルとなる「Tipo(ティーポ)」が市場デビューを果たす。それに伴い、リトモの生産は中止。約10年の長きに渡る車歴に幕を閉じたのである。