280Sシリーズ(W111) 【1959,1960,1961,1962,1963,1964,1965,1966,1967,1968,1969,1970,1971,1972】

流麗なスタイルを纏った60年代メルセデスの旗艦モデル

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市場の動向に即した旗艦モデルの開発

 敗戦後の混乱から脱却し、世界規模でモータリゼーションが進展した1950年代後半。西ドイツ(現ドイツ)屈指の自動車メーカーであるダイムラー・ベンツ(現ダイムラー)は、自社のイメージを象徴するフラッグシップモデルの全面改良を精力的に推し進める。

 最も力を入れたのは、市場のニーズに対応したボディおよび車両デザインの刷新だった。既存のW180型やW128シリーズなどで採用するセミモノコック構造では、もはや意図する性能を実現できない。また、独立したフェンダーラインやサイドステップなども、クルマのスタイリングが一気に近代化する時代においては古臭さを感じる--。最終的に開発陣は、期間やコストの制約を踏まえて機構面については既存メカの改良を主軸とし、一方で基本骨格とスタイリングは大胆に変更する方針を打ち出した。

“Fintail”を採用した華やかなスタイルを纏って市場デビュー

 開発コードナンバーW111として企画が進められたメルセデス・ベンツの新世代フラッグシップモデルは、1959年に開催されたフランクフルト・ショーにおいてワールドプレミアを飾る。4ドアセダンで仕立てられたそのクルマは、車名を「220b」と冠した。

 220bは基本骨格に新設計のモノコック構造を採用する。ホイールベースは2750mmに設定。安全性の向上を狙って、ボディの前部と後部は衝撃吸収構造で構成した。懸架機構はフロントに改良版のダブルウィッシュボーン/コイル、リアにシングルジョイントのスイングアクスル/コイルをセットしたうえで、前後トレッドを拡大。操舵機構はリサキュレーティングボール式を踏襲し、新たにパワーステアリングを設定する。制動機構には前後ドラム式ブレーキ(後にディスク化)を装備した。

 搭載エンジンは4ベアリングのM127型2195cc直列6気筒OHCユニットを採用する。燃料供給装置にはソレックス34PJCBキャブレターを装着し、8.7の圧縮比から95hp/4800rpmの最高出力を発生。トランスミッションには4速MTまたはハイドラックタイプ(フルードカップリングクラッチ仕様のセミ4速AT)を組み合わせ、最高速度はMTで160km/h、セミATで155km/hを達成した。

 車両デザインついては、直線基調のシンプルなサイドラインに縦長のヘッドライト、従来よりも高さを抑えたラジエターグリル、2重形状のバンパー、ラウンディッシュな前後ウィンドウガラスなどによって瀟洒なスタイリングを創出。また、ボディ長や幅も従来より拡大して存在感をアップさせる。一方で大きな物議を醸したのが、リアフェンダーエンドの演出だ。アメリカ車を中心に流行していた“Fintail”と称する垂直尾翼形状のフィンを左右後端に配していたのである。ダイムラー・ベンツとあろうものが、アメリカ車の流行に飛びついた--。最大の市場であるアメリカの志向を取り入れるのはマーケティング上、至極当然のことなのだが、一方で伝統を重んじるヨーロッパの一部マスコミやユーザーなどからは不評をかった。ただし、こうした意見が出ることはダイムラー・ベンツとしてもある程度は予想していたようで、後のボディタイプの拡充および改良の際には素早く意匠変更を実施することとなった。

 インテリアは、ホイールベースやボディ幅の延長によって拡大した居住空間をベースに、ソフトパッドで覆ったステアリングコラム前面およびインパネ周囲や座り心地を向上させたシート、進化したベンチレーションシステムなどを採用して安全性と快適性を引き上げる。また、頑丈で厚みがあり、かつチリ合わせの精度も高い4枚のドアが、高級感をいっそう盛り上げた。

車種ラインアップを精力的に拡充

 スリーポインテッドスターの新世代ラグジュアリーカーは、デビュー後も矢継ぎ早に車種ラインアップの拡充を図っていく。まず1959年末には、燃料供給装置にツインキャブレターを組み込んで最高出力を110hp/5000rpmにまで引き上げた220Sbと、ボッシュのフューエルインジェクションを装着して120hp/4800rpmへとアップさせた220SEbグレードを追加する。最高速度は220Sbが165km/h、220SEbが172km/hとアナウンスされた。

 ボディタイプは、1960年に2ドアクーペ、1961年にカブリオレ(米国などではコンバーチブルと呼称)がSE系のラインアップに加わる。クーペにはスライディングサンルーフをオプションで用意。カブリオレにはトップ折りたたみ時に表面を覆う内装カラーと同一のカバーを設定する。また、スタイリング面では2ボディともにFintailを省略し、シンプルなラインで構成していた。

上級モデル、300SEシリーズの登場

 1961年4月になるとコードナンバーW112を名乗る上級モデル、300SEの4ドアセダンがデビューする。搭載エンジンにはM189型2996cc直列6気筒OHCユニット(160hp。1964年には170hpにアップ)を採用し、組み合わせるトランスミッションには4速MTと4速ATを用意。最高速度はMTで180km/h、ATで175km/h(170hp仕様ではMTが190km/h、ATが185km/h)に達した。また、機構面ではパワーステアリングの標準化やブレーキの4輪ディスク化に加え、懸架機構にエアサスペンションを設定。装備類では、外装へのクロームメッキパーツの拡大展開や内装デザインの上級化を実施する。ATについては、同年8月より220SEbでも選択可能とした。

 1962年半ばには220bおよび220SbにもATをラインアップ。さらに、220シリーズへのディスクブレーキの設定も行う。一方で300SEには、2ドアクーペとカブリオレを追加。さらに1963年には、ホイールベースを100mm延長して2850mmとしたロングボディの300SEL(Lは“Lang”、英語でいうところのLongを意味)をラインアップに加えた。

進化版の250シリーズと300SEシリーズの発展

 1965年5月には、W111型に7ベアリングのM180型2306㏄直列6気筒OHCエンジン(120hp)を搭載した230Sグレードが追加される。さらに同年9月には、新造形のボディを纏った250シリーズがデビューした。スタイリングに関してはセダンでもFintailが省略され、同時にウィンドウ面積の拡大やルーフラインのフラット化、ボディサイズの延長およびロー&ワイド化(2750mmのホイールベースは踏襲)などを実施する。搭載エンジンには7ベアリングのM129型2496cc直列6気筒OHCユニットを採用し、ツインキャブレター仕様の250Sが130hp、フューエルインジェクション仕様の250SEが150hpの最高出力を発生した。

 一方、W111型の250シリーズの登場と同時期にW112型のセダンがW108/109型のニュー250/300SEシリーズに移行する。ボディはホイールベース2750mmの標準タイプと同2850mmのロングタイプを設定し、標準が300SE(W108)、ロングが300SEL(W109)を名乗る。スタイリングは250シリーズと同様、Fintailを廃したより近代的なデザインへと刷新。搭載エンジンにはM189型2996cc直列6気筒OHCユニット(170hp)を採用した。

カブリオレとクーペの280シリーズへの進化

 1967年11月になると、W111型の最終進化形となる280SEシリーズが登場する。ボディ形状ではセダンが省かれ(W108系に集約)、クーペとカブリオレの2タイプで構成。搭載エンジンはM130型2778cc直列6気筒OHCユニットに換装され、最高出力はツインキャブレター仕様の280Sが140hp、インジェクション仕様の280SEが160hpを発生した。また、内外装の一部意匠変更や装備の充実化、安全性の向上を実施し、ラグジュアリーモデルとしての完成度をいっそう引き上げる。ちなみに、M130エンジンはセダンのW108系にも採用された。

 1967年12月には、W109型の300SELに600用のM100型6332ccV型8気筒OHCエンジンを積み込んだハイパフォーマンスモデルの300SEL6.3を設定する。250hp/51.0kg・mという強力なパワー&トルクで1740kgあまりの重量級ボディを押し出すその走りは、最高速度229km/h、0→100km/h加速6.5秒というスポーツカー並みの性能を誇った。また、300SEL6.3の高性能ぶりに注目した新進チューニングメーカーのAMGは、レースへの参戦を目的に同車のチューンアップを敢行。M100型エンジンは排気量を6834ccにまで拡大したうえでピストンやカムシャフトなどを専用品に交換し、最高出力を420hp以上へと引き上げた。通称“300SEL AMG 6.8”と呼ばれるマシンは、1971年開催のスパ・フランコルシャン24時間レースで初陣を飾り、見事にクラス優勝、総合でも2位という好成績を成し遂げる。これにより、AMGの評価は一気に高まることとなった。
 1969年8月になると、M116型3499ccV型8気筒OHCエンジン(200hp)を搭載したW111の280SE3.5グレードがラインアップに加わる。また、セダンのW108/W109系にもM116型V8ユニットを採用するモデルを設定した。

 ボディタイプをクーペとカブリオレに絞りながら、12年あまりに渡ってスリーポインテッドスターの旗艦モデルに君臨したW111は、1971年7月に生産を終了。セダン系のW108/109も1972年10月に製造を終了し、公式に「Sクラス」と呼称するW116(1972年9月デビュー)に移行する。ただし、4シーターオープンモデルのカブリオレは、その後のSクラス5世代に渡って未設定だった。歴代きっての瀟洒かつ上質なデザインを纏い、しかも多くのボディバリエーションでファンを魅了したW111とW112/108/109のビッグメルセデス。1960年代の高級車を語るうえで、欠かすことのできない名車である。