コロナ 【1978,1979,1980,1981,1982】

ワイドバリエーションの中堅モデル

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本来の魅力を鮮明にしたチェンジ

 1960年代を通じて、BC戦争とさえ言われた日産ブルーバードとの激烈な販売合戦を経て6代目となるコロナ(RT130型)が登場したのは1978年9月のことだ。すでにコロナからの派生モデルであるマークIIやその兄弟車であるチェイサーなどが登場し、コロナの存在意義は薄くなってしまった観はあったが、1.5〜1.8リッターの同クラスのライバルたちがひしめくマーケットでも、小型車の定番的モデルとして、国内だけでなく海外でも大きなシェアを維持していた。

 先代以来5年1か月になる1978年9月のモデルチェンジ・サイクルは、当時の国産車としては異例に長いものだったが、それだけに、十分な市場調査が実施されきめ細かなモデル展開を誇った。新型の開発コンセプトは「時代の要請に応え、かつ信頼される高品質なファミリーカー」。これはコロナの小型車としての魅力を鮮明にしたことを表明していた。

超ワイドなバリエーション展開

 モデル・バリェーションは新しく加えられたリフトバックと呼ばれる5ドア・ハッチバックを含めて4種、装備可能なエンジンが5種、トランスミッションも5種も揃えられていた。これらに装備の違いによるグレード数を加えれば、その総数は74種に達した。アメリカ車も顔負けのワイドバリエーションである。大きな特徴は、エンジンがすべて昭和53年度の排出ガス規制に適合していたこと。エンジンは、全ユニットとも直列4気筒だったが、最小の1588ccから最大の1972ccまで5種類から選べた。トランスミッションは4速/5速のマニュアル、3速/4速のオートマチックがあり、モデルによって使い分けている。したがって同じコロナであっても、モデルによってその性格はバラエティに富んだものとなり、幅広いユーザーに対応できることになる。価格も最もベーシックな4ドアセダン1600スタンダードの89万7千円(3速コラム)からハードトップ2000GTの157万1千円(5速フロア)まであり、上級モデルでは価格的にもセリカやマークIIにも重なるほどだった。如何にもトヨタらしいやり方である。

DOHCエンジンも公害対策を達成

 新しいメカニズムとしては、サスペンションが前・マクファーソンストラット/コイルスプリング、後・4リンク/コイルスプリングと近代化され、排気ガス浄化システムは53年規制に適合するためコンピューター制御によるエミッション・コントロール・システムを採用していた。とくにトップモデルのハードトップ2000GTに搭載されるDOHCエンジンには、やはりコンピューター制御の燃料噴射装置を導入することで性能を向上させている。このコロナは、今日に続くトヨタ・ブランドの礎を築いたモデルとなったのである。

 国際車を印象づけたのは開発テスト。国際車にとって高い信頼性は必須項目。そのため6代目コロナの開発テストは従来以上に入念に行われた。日本国内のテストコースで走行テストを実施するだけでなく、北米デスバレーなどでも徹底した耐久試験を実施している。その様子はカタログにも掲載され信頼性を強く印象づけた。また国際車らしく安全面でライバルに先駆けていたのもポイントだった。上級車に標準またはオプションで設定した大型ウレタンバンパーは、アメリカの基準を満たした安全設計。少々の衝撃は吸収してしまう構造である。ELR機構付きのシートベルトを標準装備したのもトヨタではコロナが先駆だった。 “高い品質と信頼性を持つ日本車”というイメージは、コロナを筆頭にこの時代のクルマたちが築き上げたものである。