スターレット 【1978,1979,1980,1981,1982,1983,1984】

機敏な走り。愛すべきトヨタの末っ子



新生スターレットは2BOXコンパクトボディ採用

 1978年2月に登場した第2世代のスターレット(すでにパブリカの名は付かない)は、ボディスタイルが3&5ドアハッチバック形状のボクシーなスタイルの2ボックスモデルとなった。ディメンションは全長3680mm(大型バンパーを装着したSは3725mm、SEは3745mm)、全幅1525mm(XL & SEは1535mm)、全高1380mm(Sは1370mm)、そしてホイールベース2300mmで、現代のモデルでいえばパッソやヴィッツなどより小さいサイズとなる。

 ボディ構造はフルモノコックで、「ビッグインサイド(最大限の室内)、スモールアウトサイド(最小限の外寸)」というスターレットのコンセプトを実現していた。スタイリングは、実用性を最優先とした合理的なものだが、細部の処理にはトヨタ車特有のきめ細かさが見えるものとなっている。

全ヨーロッパ3200kmを巡航速度121km/hで完走!

 1978年2月に「較べたし。高速巡航性能を実証します」というキャッチコピーとともに登場したスターレットは、デビュー1週間後の2月15日にヨーロッパを舞台にしたスピードトライアルに挑戦する。ドイツのハンブルグからイタリアの南端レッジオまでの3200kmに及ぶ一般公道を舞台にした高速耐久性実証テストである。ドライバーはスウエーデン生まれのラリードライバー、オベ・アンダーソンとそのチームが担当した。

 15日12時07分にスタートしたスターレットは速度制限なしのアウトバーンを最高165km/hで巡航、パリ郊外のスムールでは大雪に阻まれるが、16日17時47分には中間地点のニースに到着。ローマを17日8時に通過した後、アウトストラーダを制限速度の130km/hで楽々と巡航し17日15時10分にレッジオにゴールした。全長3200kmの平均速度は121km/h。見事に優れた高速巡航性能を実証したのだ。アンダーソンは「このクラスでこんなスピーディなクルマは初めてだ。低速から高速まで、各ギアでの加速性能が素晴らしい」と印象を語り、スターレットを褒め称えた。

余裕ある72psユニットはカローラの系譜

 スターレットのエンジンは1966年のデビュー以来カローラシリーズに使われている水冷直列4気筒OHVのKシリーズに、1953年度排ガス規制をクリアするための排気量拡大や二次触媒、EGRなどのデバイスを加えたもの。排気量1290ccから9.0の圧縮比と2バレル・キャブレター一基により、72ps/5600rpmのパワーを得ていた。エンジンはデビュー当初はこの4K-U型一種のみの設定。トランスミッションは4速および5速のマニュアル型と2速のオートマチックがあり、シフトは全てフロアシフトとなる。駆動方式はオーソドックスな縦置きフロントエンジンによる後2輪駆動(FR)となっていた。

 サスペンションは前がストラット/コイルスプリング、後ろはリジッドアクスルを4リンク/コイルスプリングで吊ったものとなり、パブリカから使われていたリーフスプリングが消滅している。
ブレーキは前にディスクブレーキ、後ろにドラムブレーキの組み合わせとなる。タイヤはスポーティーモデルのS仕様が145SR13サイズの他は12インチサイズのバイアスタイヤが使い分けられていた。

ニュルブルクリンクで燃費トライアル、満タンで1486.494kmを走破!

 満タン(40L)でどこまで走るのか。その疑問に答えるため1979年10月、オベ・アンダーソンとそのチームはドイツのニュルブルクリンク・サーキットで燃費トライアルに挑戦する。サーキットとは言え、ニュルブルクリンクは高低差300m、コーナー数73を数え10%以上の急坂が7個所もある全長22.8kmの山岳路。天候も急変する燃費トライアルにとっては過酷なコースである。

 トライアルに挑戦したスターレットはまったくのノーマル状態の2台で、1台は経済走行に専念、もう1台は平均時速80km/hの高速経済走行にトライした。2台は10月17日12時45分にスタートし、高速経済走行トライ車は958.208kmを走破。経済走行トライ車はなんと1486.494kmまで距離を伸ばした。僅か40Lのガソリンで東京・青森間往復と同等の距離を走りきったのである。1リッターに換算すると高速経済走行トライ車で23.9km/L、経済走行トライ車は37.2km/Lも走った計算になる。なおこの燃費トライアルにはADAC(西ドイツ自動車クラブ)の公式記録員が立ち会い、記録は公式に認定された。

お買い得な価格設定と抜群の信頼性で人気を獲得

 スターレットのモデルバリエーションは、3ドアが5グレード、5ドアで4グレードの合計9グレードがあった。簡潔なバリエーションだが、当時としてはこれでも相当なワイドバリエーションだった。価格帯は3ドアのスタンダード・モデルの63万8千円から5ドアのSE仕様の83万8千円までとなっていた。これらは、4速マニュアル・トランスミッション装備車の価格だが、5速マニュアル・トランスミッション装備には2万3千円、2速オートマチック仕様では3万8千円のエクストラが必要となる。
 スターレットは、小型実用車として極めて標準的な成り立ちを持つモデルであり、当時トヨタが標榜していた「80点主義」を地で行くようなクルマであった。小型実用的なモデルにも関わらず、敢えて前輪駆動方式を採用しなかった理由の一つは、本格化する海外輸出に備えて、大きな冒険を控えたためだという。メンテナンスが確実かつ容易な後輪駆動方式を採用することで、トヨタがそれまでに世界規模で築き上げて来た万全なアフターサービスの評価を傷つけることを嫌ったからである。こうした地道な努力と実績の積み上げこそが、世界企業となったトヨタの真骨頂でもあった。信頼性に優れ、しかも軽快な走りを見せたスターレットは、カローラと並ぶトヨタの顔に成長した。日本とともに欧州でも愛された小粋な存在だった。

WRCの急峻ワインディングで優れたハンドリングを実証!

 1980年、スターレットは優れたハンドリング性能を実証する。WRC(世界ラリー選手権)、ツールド・コルスの舞台となるフランス領コルシカ島の急峻なワインディングロードに挑戦したのである。コルシカ島は広島県ほどの広さの小島だが、日本アルプスを再現したかのような地形が特徴。海抜0mから1300mまで連続するアップダウンを持ち、山肌にへばりついた道はタイトなコーナーが連続する。あらゆる種類のカーブが待ち受けクルマに試練を与えるのだ。ヤワなサスペンションとブレーキではコルシカを走りきることは不可能。事実1979年のツールド・コルスは出場112台中、完走は僅か14台。それほどコルシカ島は過酷な舞台なのだ。

 チャレンジはオベ・アンダーソンとそのチームが担当し、挑戦車両は完全ノーマル状態。ホイールキャップさえそのまま装着されていた。スターレットはコルシカ島を平均70km/hものハイスピードで見事に走破、卓越したハンドリング性能を実証する。アンダーソンは「徹底的にいじめてみたが、スターレットはいつでも平然としている。実に操縦安定性の高いクルマだ。クセがなく扱いやすく、しかも低燃費」と褒め称えた。スターレットはその後も北米大陸横断や、ノルウェーの山岳路などのチャレンジに挑戦。その優れた走りをアピールし続けた。トヨタの末っ子ながら実に大した大物だったのである。