プリメーラ 【2001,2002,2003,2004,2005】

斬新デザインで革新した世界戦略モデル



3代目は鮮烈なデザインをまとって登場

 日産 プリメーラは、「第一級の」とか「最高級の」を意味するスペイン語であるプリメーラ(Primera)を車名に持つ中型セダンとして、初代モデルが1990年2月にデビュー。プリメーラは日産の世界戦略車種の一つであり、日本市場はもとより、ヨーロッパなど世界へ向けて販売された。

 2001年1月に第3世代のP12系プリメーラに移行。モデルチェンジされた新型プリメーラは、日産MS型と呼ばれる全く新しいシャシーコンポーネンツを用いていた。今までのように、既存の量産車からシャシーなどを流用する手法では、大型化する傾向にあったボディを支えきれなくなっていたからである。ボディスタイリングは斬新。まるで一つの塊から削り出した存在感を持っていた。

 プリメーラがヨーロッパ的なデザイン手法でデザインされたことは、日産がフランスのルノーと合併したことの影響のひとつだった。スタイリングは日産ヨーロッパ・デザインスタジオによる。フロントからリアに至るまで、破綻なく一つの主張で貫かれており、他のどんなクルマとの近似性も感じさせない。スタイリングは、確かに国産車離れしたものであった。ボディサイズは全長4565mm×全幅1760mm×全高1480mm、ホイールベース2680mm。ボディバリエーションは4ドアセダンと5ドアステーションワゴンの2種を用意した。

未来感覚のデザインは機能性も吟味

 3代目プリメーラはインテリアのデザインも新鮮なもので、ダッシュパネルの中央部に左からコンビネーションメーター、速度計、エンジン回転計の3基の円形メーターが半円形のクラスターの中に収まる。各メーターは、視認性を助けるためドライバー側に角度を付けて取り付けられていた。その下にはナビゲーションシステムを含む液晶画面とエアコンの吹き出し口、および集中コントロールのパネルが続く。そのさらに下側からセンターコンソールとなり、センターアームレストになる。一体感のあるダッシュパネルのデザインは新しい可能性を提案していた。

 駆動方式はフロント横置きエンジンによる前2輪駆動が基本で、2001年9月からはセダンにフルタイム4輪駆動仕様が加えられた。トランスミッションはトルクコンバーターを併用したCVTで、電子制御システムを持った6速マニュアルモード付きハイパーCVT-M6も選ぶことが可能。サスペンションは前がマルチリンク/コイルスプリング、後ろがマルチリンクビーム/コイルスプリングの組み合わせ。スタビライザーを前後に備える。

走りにこだわった204psの20Vもデビュー

 搭載されるエンジンは当初は2種で、QR25DD型(排気量2488cc、直列4気筒DOHC16バルブ、出力170ps/5600rpm)を筆頭にQR20DE型(1998cc、直列4気筒DOHC16バルブ、150ps/6000rpm)、があった。また、ヨーロッパ市場向けには1.8リッターのルノー製ターボチャージャー付きディーゼルエンジンを搭載するモデルも存在。残念ながら、このディーゼル仕様は日本には輸入されていない。

 2001年8月には可変バルブリフト&タイミング機構(VVL)を組み込んだSR20VE型(排気量1998cc、直列4気筒DOHC16バルブ、出力204ps/7200rpm)を搭載したスポーツモデルの20Vを追加しマニアの注目を集めた。20Vはトランスミッションを6速マニュアル専用とするなど徹底的に走りにこだわったモデルだった。また2002年2月には1.8リッターの直列4気筒DOHC16バルブのQE18DE型(1769cc、120ps/5600rpm)を搭載した廉価モデルも加えラインアップを強化する。

モデルラインアップの整理で3代目が最終モデルに……

 3世代、およそ18年間に渡ったプリメーラだったのだが、ヨーロッパ市場を主眼に置いたモデル開発は、主要なマーケットの一つであった日本市場においては、一部の熱狂的なファンの存在はあったが、決して主流となるものではなかった。上にはブルーバード系があり、下にはサニー系が在るというわけだ。

 サニー系はモデルチェンジを重ねる度にボディを大型化する傾向にあったから、実用的なセダンとしては、プリメーラのシェアを侵食し始めていた。また、同クラスのモデルにブルーバード・シルフィがあり、2005年5月のフルモデルチェンジでサイズが大きくされ、益々プリメーラの存在意義は薄れた。2005年12月に国内販売を中止、続いて2007年末でヨーロッパでの販売も終えた。以後、日産はこのクラスのセダンモデルのヨーロッパでの販売は行っていない。惜しいクルマであった。