ヴィッツ 【1999,2000,2001,2002,2003,2004,2005】

世界基準を目指した新コンパクトカーの誕生



コンパクトカーの新ベンチマークを目指して−−

 1990年代中盤ごろの日本市場における1〜1.3リッタークラスのコンパクトカーは、ハイトワゴンの軽自動車と1.5リッタークラス以上の魅力的な小型車の間に挟まれ、地味な存在として見られがちだった。価格の安さを理由に選ぶお買い得車……そんなイメージが強かったのである。一方、社会状況としては京都議定書に代表されるように地球温暖化による世界規模での環境異変が本格的に問題視され始めた時代。また、クルマ社会では欧州地域などを中心に高効率で低燃費のコンパクトカーが見直されつつあった。これからの環境時代にふさわしい世界に通用する新世代コンパクトカーを、早急に設定する必要がある−−そう判断したトヨタ自動車のスタッフは、実質的にスターレットの後継を担う新型車の開発に勤しんだ。

 新しいコンパクトカーを企画するに当たり、開発陣は「世界に通じるコンパクトクラスの新ベンチマーク」を商品コンセプトに掲げ、エンジンやシャシーなどのメカニズム関連をすべて新設計する。

個性的な欧州デザインセンター提案を採用

 新コンパクトカー用のエンジンは、熱歪みが小さいコールドボックス法の鋳造技術を用いて公差をより少なくすることで、薄肉化を実現するなどの小型・軽量対策を施した。ボア×ストロークは69.0×66.7mmで設計し、排気量を997ccとする。ヘッド機構は1気筒あたり狭角4バルブのDOHC16V。さらに、運転状況に応じて吸気バルブの開閉時期を最適にコントロールするVVT-iを採用した。組み合わせるミッションには専用セッティングの5速MTのほか、先進のフレックスロックアップを組み込んだ“Super ECT”(電子制御式4速AT)を設定する。サスペンションは、前マクファーソンストラット/後トーコレクト機能付きトーションビームを新設計した。

 スタイリングについては様々な案の中から欧州デザインセンター(EPOC)のものを採用し、洗練されたハッチバックボディに仕立てる。基本パッケージは、前後オーバーハングを切り詰めて全長を短く、全幅を広めに、高さ方向には余裕を持たせて設定した。キャビンスペースは、大人4名が快適に過ごせる空間を確保。ダッシュパネルは鳥が羽を広げたようなラウンディッシュで先進的なデザインを採用し、そのうえでドライバーの視線移動が少なくて済むデジタル式センターメーターを装備した。

デビュー後すぐに大人気モデルに昇華

 トヨタの新世代コンパクトカーは、1997年開催のフランクフルト・ショーと東京モーターショーにおいてデザインスタディの「ファンタイム」として披露される。そして1999年1月になって、SCP10型「ヴィッツ」として日本デビューを果たした。また、欧州市場では「ヤリス」の車名で市場に放たれる。

 デビュー当初のヴィッツは、3ドア/5ドアハッチバックの2ボディ、1SZ-FE型997cc直4DOHC16V・VVT-i(70ps/9.7kg・m)の1エンジン、5速MTとSuper ECTの2ミッション、上位からU/F/Bの3グレードで構成する。また、10・15モード走行燃費は19.6〜22.5km/lに達し、同時に8万km走行後の排出ガスを当時の規制値比で70%以上低減させていた。

 既存のコンパクトカーにはないシックで上品な外観に快適な室内空間、そしてフラット感が高い乗り心地を有したヴィッツは、たちまち市場での大人気を博し、月販目標の9000台を大きく上回る1万台オーバーを記録し続ける。デビュー年度の年間販売台数は、カローラに続く第2位(15万6646台)に輝いた。また、1999-2000年の日本カー・オブ・ザ・イヤーをプラッツ/ファンカーゴとともに受賞し、さらにヤリスのデビュー年には欧州カー・オブ・ザ・イヤーも獲得する。

 その後もラインアップの充実や改良を加えたヴィッツは、2000年度は16万731台、2001年度は14万2513台、2002年度は10万801台と、デビュー年から4年連続で年間販売台数10万台オーバーを記録した。ヴィッツは、結果的に日本市場でコンパクトカー・ブームを巻き起こすほどのエポックメイキング車に発展する。モデル寿命も長く、2代目に移行したのはデビューから約6年後の2005年2月になってからだった。