シビック・タイプR 【1997,1998,1999,2000】
レーシングスピリットが詰まった軽量赤バッジ
1980年代終盤にVTEC(Variable valve Timing&lift Electronic Control system=可変バルブタイミング・リフト機構)という独創のエンジン技術を開発した本田技研工業は、1990年代に入ると、レーシングエンジン作りのノウハウを盛り込んだ究極のスポーツVTECユニットを市場に送り出す。搭載されたクルマは、“タイプR”のグレード名を冠するハイパフォーマンスモデルたちだった。
タイプRの第1弾は、1992年11月に本田技研工業のフラッグシップスポーツであるNSXに設定される。NA1型「NSX・タイプR」に搭載するエンジンは刺激的なレスポンスと回転フィールを実現した専用チューニングのC30A型2977cc・V6DOHC24V・VTECユニット。パワー&トルクは280ps/30.0kg・mを発生した。同時に、運動性能をより高める目的で数十項目にわたる徹底した軽量化を進め、最終的に約120kgの重量軽減を達成する。足回りは、ダンパーおよびスプリングの強化やアライメントの総合的な見直し、エンケイ製超軽量アルミホイール+高性能ラジアルタイヤの装着を行っていた。
1995年8月になると、タイプRの第2弾となるDC2型/DB8型「インテグラ・タイプR」が登場する。搭載エンジンはB18C型1797cc直4DOHC16V・VTECをベースに約60点におよぶ新設計パーツを組み込んだ“B18C 96 spec.R”で、パワー&トルクは200ps/18.5kg・mを発揮。軽量化を図ったボディは3ドアハッチバッククーペと4ドアハードトップの2タイプを設定し、装備としてトルク感応型ヘリカルLSDや専用セッティングのハードサスペンション、レカロ製バケットシートなどを採用していた。
インテグラ・タイプRが発表された翌月の1995年9月、第6世代となる“ミラクル”シビック(EK型系)が市場デビューを果たす。そのラインアップを見て、走り好きのホンダ・ファンからは1つの疑問が呈された。なぜ、シビックには“タイプR”がないのか−−。ミラクル・シビックの開発段階では、もちろんタイプRの設定は検討されていた。しかし、当時の本田技研工業は市場で人気のRV(レクリエーショナル・ビークル)のラインアップ拡充を最重要課題に据えて業績回復を図っていたため、シビックにおけるタイプRの設定は見送られたのである。
しかし、ミラクル・シビックのデビューから間もなくして、開発陣に朗報が舞い込む。市場で “クリエイティブムーバー”を冠したホンダ製RVのオデッセイ(1994年10月デビュー)やCR-V(1995年10月デビュー)が大ヒットし、バブル景気の崩壊で苦しんでいた本田技研工業の経営状態が回復基調に乗り始めた。ここで同社の上層部は、ホンダ・ファンから要望の多かったシビックのタイプRの設定にゴーサインを発令。1995年の暮れになって現場に伝えられ、本格的に開発がスタートした。
シビックにおけるタイプRは、どんなキャラクターがふさわしいか−−。さまざまな角度から検討して開発陣が導き出した結論は、NSXやインテグラのタイプRに比してより身近な存在、具体的にはタイプRならではの高性能を実現しながら、日常の足としても楽しめる扱いやすい新種のタイプRの創造だった。また、価格的にも買いやすくすることを決定。ターゲット価格を200万円以下に設定した。
搭載エンジンは、シビックSiR用のB16A型1595cc直4DOHC16V・VTECユニット(170ps/16.0kg・m)をベースに徹底的なチューンアップを施す。目指したのは高回転・高出力。これを達成するために広開角・高リフト対応の高剛性カムシャフトや楕円断面二重化のインレットバルブスプリングおよび二重化したエグゾーストバルブスプリング、軽量化したインレットバルブ、高回転対応タイプのインテークマニホールド、高圧縮比・低フリクション対応のピストン、高出力対応の高強度・軽量コンロッド、フルバランサー8ウェイト高剛性クランクシャフト、アルミダイキャスト製高剛性一体型スティフナーなどを専用開発した。また、シリンダーヘッド部の全ポート研磨や熱価7番プラチナスパークプラグの装着、エグゾーストパイプの大型化およびサブチャンバーの追加なども実施する。圧縮比は10.8に、レブリミットは8400rpmに設定。完成した至極のエンジンは“B16B 98 spec.R”の型式を名乗り、最高出力が185ps/8200rpm、最大トルクが16.3kg・m/7500rpmに達し、リッター当たりの出力は約116psを記録した。
組み合わせるトランスミッションには、専用の軽量フライホイール(ベースモデル比で約10%軽量化)を採用した5速MTを装備する。小気味いいシフトチェンジが楽しめるよう、ストロークをショート化。また、2速にはダブルコーンシンクロを適用した。
タイプRは、シャシーおよびボディの強化にも抜かりはない。前後ダブルウィッシュボーン式のサスペンションはローダウン化やスプリングレートおよびダンパー減衰力のアップ、リアスタビライザー径の拡大などを実施。車高はベースモデル比で−15mm、前後トレッドは+5mmに設定する。シューズには専用の7本スポークアルミホイール(6JJ×15、5穴)+195/55R15 84Vタイヤ(ポテンザRE010)を装着した。
ボディは、フロントストラットタワーバーの板厚アップやパフォーマンスロッドの追加、テールゲートまわりの強化、リアダンパーベースの板厚アップを実施。ブレーキはディスクローターのサイズアップやABSのセッティング変更などを行う。さらに、旋回性能を高める目的でメカニカル方式のトルク感応型ヘリカルLSDを組み込んだ。ちなみに、シャシーやボディのセッティングを決める際は、北海道の鷹栖プルービンググランドと栃木のテストコース、さらに鈴鹿サーキットや筑波サーキットで徹底した走り込みを実施。F1やツーリングカーなど実際にレースをやっていた研究員も鋭意参画した。
エクステリアについては、タイプRを名乗るにふさわしい精悍さとスタイリッシュ性を徹底追求する。空力パーツにはフロントアンダースポイラーとリアスポイラー、リアアンダースポイラーを装着。風洞実験やテスト走行などを繰り返して形状を決め、優れたCd値(空気抵抗係数)を維持したうえでCl値(揚力係数)を低減する。また、タイプRの象徴である真紅のHエンブレムの貼付やチャンピオンシップホワイトのボディ色の採用、フロントグリルのメッシュ化、ヘッドライトガラスのブラックアウト、サイドシルガーニッシュおよびサイドプロテクターのボディ同色化などを行った。
インテリアに関しては、コクピットまわりをよりスポーティに仕立て直したことが訴求点となる。フロアマットやドアライニング、シートカラーにはレッドを採用し、基調となるブラックと合わせて精悍なツートンカラー内装を演出。シート自体にはサイド表皮にスウェード調ファブリックを貼ったレカロ社製バケットシートを装備する。また、メーターにはイエロー針とオレンジバックライト、カーボン調パネルを配した専用タイプを、センター部にはカーボン調パネルをセット。同時に、センターコンソールのスリム化も図った。ステアリングには小径のMOMO社製本革巻き(SRSエアバッグシステム付きが標準。オプションでレスタイプも選択可)を装着。さらに、シフトノブには形状デザインをテスト走行で煮詰めて決定したショートレンジのチタン削り出しを採用した。
ファン待望のシビック・タイプRは、タイプRシリーズの第3弾として1997年8月に市販に移される。型式はEK9。グレード展開は標準のタイプRとレースベース車のタイプRという2グレードで構成し、車両価格は当初の目標通り、200万円を切る199万8000円(レースベース車は169万8000円)に設定された。
RVが席巻する当時の国内市場において、シビック・タイプRは走り好きの若者層を中心に高い人気を獲得。国産モデル屈指のテンロク(排気量1.6L)スポーツとして支持を集めていく。また、モータースポーツの分野でも大いに活用され、シビックのワンメイクレースのほかにジムカーナやダートトライアル、ラリー、スーパー耐久シリーズなどで数々の勝利を成し遂げた。
シビック・タイプRは1998年9月になるとマイナーチェンジが実施され、外装ではヘッドライトやフロントバンパー、リアコンビネーションランプなどの、内装ではセンターパネルなどのデザインを小変更する。同時に、型式表記がE-EK9からGF-EK9に切り替わった。さらに1999年12月には、充実装備のタイプR・Xがラインアップに加わる。主な専用装備には、CDプレイヤー付オーディオやボディ同色電動格納式リモコンドアミラー、キーレスエントリーシステム、アルミパッドスポーツペダル、専用色カーボン調センターパネルなどを採用。車両価格は219万8000円に設定していた。
2000年9月になるとシビックの全面改良が行われ、第7世代の通称“スマート”シビック(EU型系)に移行する。それに伴い、EK9のシビック・タイプRの販売は終了。7代目以降でもタイプRは設定されるが、日本専用モデルではなく、また車両価格も大きく引き上がった。日本の走り好きにとって最も身近で、かつヒット作に昇華したEK9のシビック・タイプR。タイプRシリーズの間口を広げた、まさに名車である。