サニーNXクーペ 【1990,1991,1992,1993,1994】

北米スタジオが造形したコンパクトクーペ



1990年代に向けた小型クーペの模索

 後年になってバブル景気と呼ばれる1980年代中盤から1990年代初頭にかけての好況は、日本の自動車メーカーにとって大きな変革期となった。豊富な資金を背景に車種ラインアップや事業展開の拡大、新技術の開発、派手なプロモーション活動などが展開され、市場は大いに賑わう。

 この状況下で最も積極性を発揮したのが、Be-1/パオ/フィガロといった一連のパイクカーやハイソカーのFPY31型セドリック/グロリア・シーマ、S13型“アート・フォース”シルビア、A31型“お元気ですかぁ〜”セフィーロ、R32型系スカイラインGT-RとZ32型系フェアレディZの280馬力スポーツなどを生み出した日産自動車だった。同社はその勢いを駆って、コンパクトカーの分野でも新たなムーブメントを巻き起こそうと画策する。ターゲットに据えたのは、サニー系のボディをベースにしたB12型RZ-1とパルサー系から独立したN13型エクサを統合した形の後継車で、斬新かつインパクトの強いスタイリングを持つ新世代コンパクトクーペの創出を目指した。

基本スタイリングはNDIが担当

 新しいコンパクトクーペのスタイリングを生み出すに当たり、開発チームは日本のNTC(日産テクニカルセンター)とアメリカのNDI(日産デザイン・インターナショナル)の両方でデザイン案を考える。結果的に採用されたのは、セクレタリーカー(インテリジェントな女性が好んで乗る低価格でスタイリッシュなコンパクトカー)の本場で、市場の好みを熟知しているNDIの基本デザインだった。

 NDIが描き出したスケッチは、従来の日産車にはない新鮮味にあふれていた。グリルレスのフロントマスクにはバンパー部にまで入り込んだ楕円形のヘッドライトを組み込み、大きくスラントしたノーズと相まって個性的な顔を創出する。サイドは流麗かつ抑揚のあるラインでスポーティ感を強調。リアスポイラーをボディの一部としてアレンジした点も、当時としては目新しかった。ほかにも、サイドラインとの連続性を損なわずに大きく膨らませたフロントフェンダーやヘッドランプと一対をなす楕円のリアコンビネーションランプ、ゆったりとしたキャビンを実現するために下端を前進させたフロントウィンドウなど、各所に凝った演出が施された。

 NDIのデザイナーはルーフまわりにもこだわりを見せる。優雅な孤を描くルーフ部は、固定タイプのほかにTバールーフ仕様を設定。実際にTバールーフを製作する際は、ルーフ自体を軽量に仕立てたうえで、ロック機構にはルーフサイドのレバー操作だけで着脱できるワンウェイ式を採用する。さらに、ルーフとボディの密着性を高める“可動式ウェザーストリップ”も開発した。

インテリアは前席優先設計

 インテリアについては、ベース車となるB13型系サニーのパーツを基本的に流用しながら、各部にスタイリッシュクーペらしいアレンジを加える。ステアリングは3本スポークが標準で、上級仕様には本革巻きを採用。また、前席には専用表地のバケットタイプを、後席には可倒機構付きシートを装着した。

 メーターに関してはファッショナブルな感覚を重視し、スピードメーターを囲むように楕円形のバーグラフ式タコメーターをレイアウトする。一方、スポーティグレード用には大型で見やすいアナログメーターを装備した。もうひとつ、運転席ドアの開口部にユニークなアンブレラポケット(オリジナルアンブレラ付き)を設けたことも、個性派クーペのイメージアップに貢献していた。

走行性能にも磨きをかける

 エンジンやシャシーなどのメカニズムに関しては、開発中のB13型系サニーに準じながらクーペモデルにふさわしい独自のアレンジが施される。
 搭載エンジンは外側エンドピボット式Y字ロッカーアームを採用したアルミシリンダーブロックのSR18DE型1838cc直4DOHC16V(140ps/17.0kg・m)を筆頭に、ツインカム直動式4バルブのGA16DE型1596cc直4DOHC16V(110ps/15.0kg・m)とGA15DS型1497cc直4DOHC16V(94ps/12.8kg・m)の計3機種をラインアップし、全ユニットで5速MTと4速ATの2タイプのミッションを用意する。駆動方式はクルマのキャラクターを鑑み、FFのみの設定とした。

 サスペンションはフロントが剛性を高めるサブフレームと2段絞りバルブ構造ショックアブソーバーを装着したマクファーソンストラット式を、リアが長めのパラレルリンクを組み込んだストラット式を採用する。また、SR18DE型エンジン搭載車にはハードタイプの足回りを導入。さらに、車速とステアリング操舵角および操舵速度を入力としてショックアブソーバーの減衰力特性を電子制御で2段階に切り替える“スポーツオートサス”を設定した。

初披露は東京モーターショー

 B13型系サニーをベースとするシャシーにNDIデザインのスタイリッシュボディを被せた新しいコンパクトクーペは、まずプロトタイプが1989年10月開催の第28回東京モーターショーで初披露される。
 車名は“NXクーペ”。既存モデルにはない個性的でスポーティな新感覚のスタイリングは、4.5l・V8エンジンにアテーサE-TSを組み込んだコンセプトカーの“NEO-X”やパイクカー第3弾の“フィガロ”などと並べられながらも、日産ブースで十分に異彩を放っていた。当時の日産スタッフによると、「フィガロほどではないが、NXクーペの発売時期を尋ねる観客が予想以上に多かった」そうだ。

 ショーデビューから3カ月ほどが経過した1990年1月、市販版のNXクーペがベース車のB13型系サニー・4ドアセダンと同時に市場デビューを果たす。グレード展開はSR18DE型エンジンを搭載するスポーティ仕様のタイプSを筆頭に、GA16DE型とGA15DS型エンジンを積む中級グレードのタイプB、GA15DS型エンジンを積むベーシックモデルのタイプAをラインアップ。Tバールーフ仕様はタイプSとタイプBに装着車を設定した。

 デビュー当時のNXクーペは、広告展開にも力を入れる。キャッチコピーは「タイムマシンかもしれない」。CMではコンピュータグラフィックス(CG)によるモーフィングを多用してNXクーペが変幻自在に曲がりくねる映像を放映し、視聴者のみならず業界関係者からも大きな注目を集めた。

結果的に1代限りのモデルに……

 NXクーペは1992年1月にマイナーチェンジを実施し、サイドミラーとサイドモールディングのボディ同色化や安全性の強化(サイドドアビーム/シートベルト警報/衝撃吸収パッドなどの装着および運転席SRSエアバッグのオプション設定化)などを施した後期型に移行する。またこの頃になると、欧米でNXクーペ(現地名NX1600/2000)の社外パーツが流通するようになり、日本にも数が少ないながらエアロパーツ等が輸入された。

 開発過程から広告展開まで、大いに力を入れて販売されたNXクーペ。しかし、1990年代前半の日本市場では、NXクーペのターゲットユーザーである若者層の注目モデルはレクリエーショナルビークル(RV)に移っており、コンパクトクーペの人気は全般的に落ち込んでいた。そのため、NXクーペの売り上げ自体も低調に推移する。一方、海外とくにアメリカ市場では好調なセールスを記録し、セクレタリーカーの定番モデルに成長していった。

 ベース車のサニーがB14型系にフルモデルチェンジした1994年、日産自動車は販売成績が低調なNXクーペをカタログから外す決断を下す。後継を担ったのは、オーソドックスなデザインで実用性も加味した“ルキノ”(北米仕様車名は200SX)だった。結果的に個性派コンパクトカーのNXクーペは、バブル景気の終焉とリンクするように1代限りで消滅してしまったのである。