74トヨタ・カローラvs73日産サニー 【1973,1974】

上級指向で勝負した第3ステージ・ライバル対決

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大衆乗用車の上級指向と多様化

 カローラの勝利に終わった第2世代のサニーvsカローラのシェア争い。この状況に対して日産自動車は、大胆な策に打って出る。3年3カ月という短いサイクルで、サニーをフルモデルチェンジしたのだ。

 1973年5月に発売されたB210型系の3代目サニーは、先代シリーズが重視した“豊かさ”に“若々しさ”と“ダイナミック”なイメージを加え、「小型乗用車の風格を持つ大衆乗用車」の創出を主要テーマに掲げる。具体的には、ロングノーズ&ショートデッキのダイナミックなスタイリングに大型化したボディ、豪華さを増したインテリア、燃料蒸発防止装置をはじめとする公害対策、前輪ディスクブレーキやコラプシブルステアリングの採用などによる安全装備、車室内の騒音低減および振動抑制、品質と信頼性の向上、市場の多様化に対応した車種設定の増強などを実施する。キャッチフレーズには、「とっておきです! これからはサニー」と冠した。ボディタイプは2ドアセダン/4ドアセダン/2ドアクーペ/2ドアバン/4ドアバンの5タイプを用意。搭載エンジンはA12型1171cc直4OHVのSUツインキャブレター仕様(80ps)とシングルキャブレター仕様(68ps)、L14型1428cc直4OHCのSUツインキャブレター仕様(95ps)とシングルキャブレター仕様(85ps)を設定し、基本車種は計43タイプのバリエーションを用意した。

多彩なボディタイプを用意したカローラ

 B210型系サニーの登場から11カ月ほどが経過した1974年4月、最大のライバルであるカローラ(およびスプリンター)が30型系(同40型系)の3代目に切り替わる。開発コンセプトは「上級車に匹敵する快適経済車」の実現で、大衆車としての優れた経済性を維持しながら、上級車並みの安全性と快適性を備えた1台に仕上げることを目標に掲げた。

 デビュー時のキャッチフレーズは、「ぴったりサイズで、大きなゆとり」。ボディタイプは2ドアセダン/4ドアセダン/2ドアハードトップ/2ドアバン/4ドアバン(スプリンターは4ドアセダン/2ドアクーペ)を設定し、各仕様ともにボディの大型化を図りながら、セダンは伝統のセミファストバックスタイルの洗練度アップを、新設定のハードトップは安定感があってスポーティなルックスを実現する。内装に関しても、安全性や質感の向上に加え、装備のさらなる充実化を実施した。

 搭載エンジンは3K型1166cc直4OHV(71ps仕様/74ps仕様)、T型1407cc直4OHV(91ps仕様/86ps仕様)、2T型1588cc直4OHV(100ps)のほか、カローラ・レビン/スプリンター・トレノ用の2T-GR型1588cc直4DOHC(110ps)を用意。ミッションタイプや装備品を含めた基本構成は、カローラだけで87車種のワイドバリエーションを誇った。

車種展開の変更と排出ガス規制への対応

 市場に放たれた第3世代のサニーとカローラは、激しいシェア争いを繰り広げながら、様々な改良を実施していく。
 まずサニーは、1975年1月に1BOXスタイルのサニー・キャブを追加設定。同年12月にはブランド名をダットサンからニッサンに変更する。1976年2月になるとマイナーチェンジを実施し、A14型エンジンを搭載する新サニー1400シリーズとL16型エンジンを積むサニー・エクセレント1600シリーズを設定した。同年7月にはA14型にツインキャブレターを組み込んだ1400GX-Tグレードを発売する。

 一方のカローラは、1976年1月にリフトバック仕様をラインアップに追加。翌'77年1月にはマイナーチェンジを実施し、カローラにクーペを、スプリンターにはハードトップを設定する。同時に、1588cc直4DOHCエンジンにEFIを組み合わせた2T-GEU型ユニットが登場し、一時カタログから外れていたレビン/トレノに搭載されて市場への復活を果たした。

 第3世代のサニーとカローラは、ともに排出ガス規制への対応にも積極的に取り組んだ。昭和50年規制ではCO2.1g/km、HC0.25g/km、NOx1.2g/kmの値をクリア。昭和51年規制ではNoxの規制値が0.6g/kmまで引き下げられたが、これも創意工夫で突破する。さらに、NOx値を0.25g/km以下にまで低下させなければいけない昭和53年規制では、日産が負圧制御絞り弁下方注入式EGR/リードバルブ式2次空気導入/酸化触媒のセットで、トヨタが背圧制御絞り弁下方注入式EGR/リードバルブ式2次空気導入/酸化触媒の組み合わせで克服した。

市場シェア争いはまたもやカローラの勝利

 上級化とワイドバリエーション化を果たした第3世代のシェア争いは、最終的にカローラがサニーを終始上回る結果となる。ただし、生産台数を世界規模で見ると、B210型系サニーも十分に健闘した。

 1974年にはカローラが初めて車種別生産台数の世界1位(54万3214台)となるが、サニーもGMのシボレーやVWのビートルに続いて4位(43万1903台)を獲得する。そして1975年には、カローラの1位(64万8965台)に続いてサニーが2位(53万1430台)をゲットした。1976年になると、カローラが1位(71万4747台)で、サニーはGMカトラスに続く3位(54万1838台)。1977年は1位のカローラ(72万9901台)からGMシボレー/GMカトラス/VWゴルフを挟んで、サニーが5位(42万2141台)に入った。

 日本市場だけではなく、世界規模でも競争を激化させたサニーとカローラ。そのライバル関係は、第4世代に入っても鋭意、継続されていくこととなる。