パルサー・エクサ 【1982,1983,1984,1985,1986】

“エクサ”のサブネームを冠した先進FFクーペ



「世界をリードする先進のFF国際車」の企画

 日本のライバルメーカーに先駆けて、海外市場での拡販に力を入れていた1970年代の日産自動車。段階的に実施された厳しい排出ガス規制やオイルショックを克服した同社は、1970年代終盤に入るとペースが遅れていた新型車の開発を積極化させる。その中で、日産の車種ラインアップのボトムラインを支え、しかも重要な国際戦略車の1台となるパルサーに関しては、開発陣も大いに力を入れていた。

 1980年代に向けた小型車を企画するに当たり、開発スタッフは「FF車としての実質機能を一層充実させ、スポーティな走りと経済性および快適性をあわせ持った世界をリードする先進のFF国際車」とすることを主要テーマに掲げる。とくにスポーティなイメージを強調し、しかも北米市場で人気のあるクーペモデルについては、実用重視のハッチバックモデルとは異なる独自のアレンジを施すことに決定した。

FFスペシャルティクーペの開発

 クーペモデルの外装に関しては、スポーティさと機能美、そして空力特性の向上を徹底的に追求する方針を打ち出す。基本スタイルには当時流行のスピンドルシェイプ(紡錘形)を採用。その上で、ボディ表面のフラッシュサーフェス化やスラントしたノーズ、傾斜を強くしたフロントウィンドウとテーパーフード、クリフカット形状のリアウィンドウなどを導入した。さらに、世界初のワンタッチ式パッシング機構を備えたリトラクタブルヘッドライトを、クラスで初めて設定する。得られた空気抵抗係数(Cd値)は0.37。当時の小型クーペモデル群の中でトップレベルの数値を達成した。

 内装ではハッチバックと同仕様のスプーンカット形状インスツルメントパネルを基本に、専用のブラックフェイス丸型3連メーター(オレンジ透過照明)やツイード調モケット地シート、後席トランクスルー機構などを採用する。また、コクピット部にはチルトステアリングやフットレストなどを標準装備して、操縦性の向上を図った。ホイールベースおよび前後トレッドの拡大やリアサスペンションの位置変更により、居住空間自体も従来型のクーペより増大する。

高効率ハイパワー新開発エンジン搭載

 エンジンについてはパルサー・シリーズとしてE13型1270cc直4OHC(75ps/10.7kg・m)、E15型1487cc直4OHC(85ps/12.3kg・m)、ニッサンEGI付きのE15E型1487cc直4OHC(95ps/12.5kg・m。減速時の燃料カットを4気筒と2気筒の2段階に制御するエレクトリック・デュアル・フューエルカット=EDFを採用)などを用意したが、走りの性能を重視したクーペモデルにはE15型系の2機種を搭載する。ミッションはE15E型がクロスレシオの5速MTのみ。E15型には5速MTとクラス初のロックアップ機構付き3速ATを組み合わせた。またドライブシャフトのホイール側には新開発のバーフィールド型等速ジョイント(最大屈角46.5度)を採用し、最小回転半径の縮小(4.9m→4.6m)を図る。

 サスペンションはチューニングを大幅に見直した前マクファーソンストラット/後トレーリングアームの四輪独立懸架で、クーペにはスポーティな走りに対応する専用セッティングを施した。制動性能も強化され、ブレーキパッドとディスクの引きずり抵抗を低減したロードラッグキャリパーや大径・小径2つのシリンダーを持った急速充填機構付きマスターシリンダーなどを装着する。

専用サブネームを冠して市場デビュー

 新しいパルサーのクーペモデルは、ハッチバックの発売と同時期の1982年4月に市場デビューを果たす。型式はHN12。車名には独自のサブネーム、“エクサ”(EXA)が付けられた。エクサは天文学や原子物理学などの分野で使われる国際単位のひとつで、10の18乗を意味する最大限の位。当時のプレスリリースによると、「スポーティで先進的なイメージを凝縮し、従来のクーペの概念を超える無限の魅力を秘めた新型パルサーのクーペにふさわしいネーミングとして採用した」という。パルサー・エクサのグレード展開は、E15型エンジンを搭載するEXAとE15E型エンジンを積むEXA-Eの2タイプを用意。ボディカラーはレッド&ブラック/シルバーメタリック&ブラック/ダークブルーメタリック&ブラックというツートンカラーのみを設定した。

 サブネームを冠して登場したパルサーのクーペモデルは、大きな注目をもって市場に迎えられる。リトラクタブルライトを配したエクステリアは、「車両価格が安いのに、スーパーカーの雰囲気が味わえる」と好評。オレンジ透過のメーター照明色も、ドライブの雰囲気を盛り上げた。走りに関しては、FFらしからぬ旋回性能の高さとリニアリティの高いハンドリング、チューニングを見直した四輪独立懸架の足回りによる優秀なロードホールディング、ペダルフィーリングも向上した制動性能などが高い評価を受ける。自動車専門誌では、「欧州のライトウエイトスポーツカーを彷彿させるFFスペシャルティクーペ」などと称された。また、富士スピードウェイなどで開催されたパルサー・エクサのワンメイクレースも脚光を浴び、同車のスポーツイメージの向上に大いに貢献した。

ターボモデルとコンバーチブルの登場

 パルサー・エクサは輸出先の北米市場でも予想以上の人気を博す。スポーティなスタイリングと走り、そしてコストパフォーマンスの高さなどがユーザーの心をがっちりと掴んだのだ。やがてパルサー・エクサ、現地名パルサーNXは、北米市場における日産の人気定番モデルに成長していった。

 パルサー・エクサの高い人気を維持しようと、開発陣はデビュー後もラインアップの拡充と改良を積極的に推し進める。
 1982年と83年には、充実装備の特別仕様車を発売。1983年5月には、ターボチャージャー機構を組み込んだE15ET型エンジン(115ps/17.0kg・m)を積み、サスペンションやブレーキも強化したスポーツモデルのターボ仕様を設定する。同時に運輸省(現・国土交通省)の保安基準の改定にいち早く対応し、国産車としては初めてドアミラーを採用した。

 パルサー・エクサは1984年3月にマイナーチェンジを実施して内外装の一部意匠を変更した後、1985年5月にはターボチャージャーの冷却方式を空冷式から水冷式に変更する。さらに同時期、日産チェリー系販売会社の創立15周年を記念して、耐候性に優れた専用クロス地のソフトトップに有機ガラスのリアウィンドウを組み込んだ“コンバーチブル”モデルを限定100台で販売した。ちなみにパルサー・エクサのコンバーチブルは、当時の日産スタッフによると「オープンカーの人気が高い北米市場の要請で開発した」そうだ。ただしコンバーチブルの販売は国内のみで、正式輸出はされていない。

 国内外で高い人気を獲得したN12型系パルサー・エクサは、1986年5月にパルサーがフルモデルチェンジを実施してN13型系に移行した後も、販売が続けられる。そして同年10月になると、独立車種となった発展型の“エクサ”に道を譲ることとなったのである。