ファミリア・プレスト 【1973,1974,1975,1976,1977】
実質的な価値を高めたマツダ製大衆車第3世代
「一歩進んだ現代のファミリーカー」を謳って1967年11月に登場した2代目ファミリアは、カローラやサニーといった強力なライバル車を向こうに回しながら、内外装の個性的なアレンジや走りのよさなどが好評を博し、堅調なセールスを記録する。1970年3月には“急速”のサブネームをつけた上級版のファミリア・プレストを追加。また同月、ファミリア・シリーズは生産累計100万台の偉業を達成した。
ファミリーカー・ユーザーの上級志向は、1970年代が進むに連れてますます伸長していく−−。プレスト・シリーズの好セールスぶりからそう判断した東洋工業の開発陣は、次期型ファミリアの商品テーマに“実質的な価値の向上”を掲げる。具体的には、居住性や操作感、品質といった機能面での改良を精力的に推し進めた。
オイルショック直前の1973年9月、東洋工業は3代目となるファミリアを「ファミリア・プレスト」の統一車名で市場に送り出す。型式はFA3系で、キャッチフレーズは「ワイドな新型」。ボディタイプは4ドア/2ドアセダンと2ドアクーペの3仕様を設定した。
プラットフォームについては基本的に従来型を流用しながら、トレッドを55mm、全長と全幅を60mmほど拡大し、車格をワンクラス引き上げる。これにより、ホイールプリントレシオ(ホイールベースとトレッドの比率)は一般的な国産ファミリーカーの1.8〜1.9、スポーツモデルの1.6〜1.7の中間に位置する1.77となり、バランスのいい運動性能と安定感を実現した。スタイリング自体は従来のオーバルシェイプをベースとし、そのうえで新造形のフロントグリルや丸型ヘッドランプ、リアコンビネーションランプ&ガーニッシュなどを採用する。質感の高い新色のボディカラーを積極的に導入したことも、エクステリアの特長だった。
クラス最大級の室内幅(1325mm)を誇るインテリアに関しては、メタル貼りのセンターパネルを配した新意匠のインパネに時計を組み込んだコンソールボックス、無反射ガラスのメーターなどを採用して洒落た現代感を演出する。また、横幅540mmを確保したフロントシートや工夫を凝らしたベンチレーション、豊富な収納スペース、容量を増やしたトランクルームなどを設定し、快適性と機能性の向上を図った。安全装備の拡充も訴求点。熱線プリント式リアデフォッガーや脱落式ルームミラー、前3点式シートベルト、コラプシブルステアリング、安全合わせガラスといったアイテムを組み込んでいた。
搭載エンジンは熟成を図ったTC型1272cc直列4気筒OHC(87ps/11.0kg・m)とPC型985cc直列4気筒OHC(62ps/8.1kg・m)を設定する。また、排出ガス対策としてコンデンスタンク式蒸発燃料制御装置やブローバイガス還元装置、スロットルオープナー、新設計の点火時期進角装置などを内蔵。トランスミッションには前進フルシンクロの4速MTと3速ATをセットした。懸架機構はトレッドの延長に合わせてセッティングを見直した前マクファーソンストラット/後半楕円リーフスプリングを採用。制動機構にはダンデムマスターシリンダーを組み込んだ前ツーリーディング/後リーディングトレーリングを装備した。
その車格から“ワイド・プレスト”と称された3代目ファミリアは、オイルショックの影響で当初の販売は苦戦したものの、その後は堅調なセールスを記録していく。一方で開発陣は、同クラスでの存在感をさらに高めようと、市場の要請に則したリファインを鋭意図っていった。
大がかりな改良は1976年1月に実施される。外装ではフロントマスクやリアビューのデザインを変更。また、社名エンブレムを“m”から“mazda”に刷新する。メカニズム面ではサスペンションの強化を図るとともに、TC型エンジンにスロートベーン付希薄燃焼方式を採用して昭和51年排ガス規制をクリアした。また、このマイナーチェンジを機にPC型エンジン搭載車を廃止。車種展開を「ファミリア・プレスト1300AP(APはアンチ・ポリューションの意)」シリーズに一本化した。
上級志向の量産ファミリーカーとして当時の東洋工業の屋台骨を支えた3代目ファミリアは、1977年1月になるとフルモデルチェンジが敢行され、FA4の型式をつけた第4世代へと移行する。車名からプレストが省かれてファミリアの単独ネームに回帰するとともに、車両デザインを当時流行の2ボックススタイルに刷新した4代目は、3代目とは趣を異にする新しいファミリーカーへと生まれ変わっていた。