クラウン・ハードトップ 【1968,1969,1970,1971】

クラス初のラグジュアリー2ドア・スペシャルティ



個人ユーザー獲得を目指した3代目

 カローラの成功でトップメーカーに君臨した1960年代中盤のトヨタ自工。同社が次に目指したのは、高級車分野でのシェア拡大だった。課題となったのが、「いかにして個人オーナーを取り込むか」である。それまでの高級車、トヨタ車でいうとクラウンの主要ユーザーは、会社などを中心とした法人需要だった。いま以上に販売成績を伸ばすためには、個人ユーザーの獲得、具体的にはクラウンを“ハイオーナーカー”に仕立てる必要がある−−。3代目の開発テーマは、こうして明確化された。

 スタイリングは1966年に完成したトヨタ自工のデザイン・ドームで仕上げられる。“日本の美”をテーマに据えたエクステリアは従来型以上にロング&ワイドになり、さらに曲面ガラスなどを採用してスタイリッシュに仕上げた。高速化時代に対応するために安全対策も重視し、1968年に実施を予定していたアメリカの安全基準項目のほとんどを満たす。新設計のペリメーターフレームも積極的に導入した。静粛性に関しても入念な研究がなされ、当時の世界トップクラスを狙う。
 エンジンは従来モデルで採用していた2L直6OHCがメインで、標準タイプのM型のほかに2バレルツインキャブ仕様のM-D型、SUツインキャブ仕様のM-B型、そして低圧縮タイプのM-C型を設定する。営業車向けの直4OHVユニットは、1.9Lから2L(3R→5R型)に排気量が拡大された。組み合わせるミッションは3速MT/4速MT/2速AT/3速ATを用意。4速MT、3速ATにはコラム式のほかにフロア式をラインアップし、ユーザーの多様な趣向に対応した。

“白いクラウン”の登場

 1967年9月、3代目となるS50型系クラウンが満を持してデビューする。その実車を見て、ユーザーは驚いた。メインのボディカラーが“白”だったのだ。キャッチフレーズも「白いクラウン」と大々的に掲げられていた。
 それまでの高級車といえば黒やグレーの塗装が中心で、白いカラーリングは大衆車のボディ色と相場が決まっていた。クルマ好きは、「新しいクラウンは個人ユーザーに向けた新種の高級車」と認知するようになる。
 車種展開でも個人ユーザーを重視した戦略が図られた。新グレードとして「オーナーデラックス」と称する充実装備グレードをラインアップしたのである。車両価格が88万円(東京標準価格)と、装備内容の割に安めだったこともユーザーの注目を集めた。

クラス初の2ドアHTを追加

 クルマのキャラクターをオーナーカーに移行させ、ユーザーにもその性格が浸透しつつあった3代目クラウン。ついに1968年10月には、“オーナーカーの真打ち”といえるモデルが発表される。パーソナル性を強調した2ドア・ハードトップボディの設定だ。
“男ざかりにふさわしい”というキャッチコピーを冠したハードトップ仕様は、ボディ以外にもセダンとの違いを設ける。ヘッドライトは丸型4灯式から角型2灯式に変更。グリルやリアランプなども専用デザインとした。装備面でもSUツインキャブ・ユニットを搭載する上級グレードのSLにはタコメーターやパワーウィンドウ、軽合金風ホイールなどを標準装備し、オーナーカーとしての所有欲を満足させるようにアレンジした。
 ハードトップ仕様の設定は、3代目クラウンのオーナーカーとしての性格をよりいっそう強調する。販売台数も順調に伸び、やがてクラウン・シリーズの約20%をハードトップ仕様が占めるようになった。
 オーナーカーとしての道を切り開いた“白いクラウン”と、その象徴となったハードトップ仕様。クラウンは、3代目のS50型系によって新たなステップを踏んだのである。