シティ 【1981,1882,1983,1984,1985,1986】

ニュースに溢れたトールボーイ!



話題沸騰!ホンダらしい革命児

 1981年10月、ホンダが新コンセプトのベーシックカーとしてシティを登場させたとき、ユーザーの評価は真っ二つに分かれた。「素晴らしく合理的で必要十分以上の性能があり、しかも乗り易い。今までに無かったユニークなクラスレスカーだ」とする肯定派と、「あのカッコ悪さは許せない。造りが安直に過ぎる。軽自動車の方がまだマシだ」とする否定派である。本来の実用車に見られる中道派というか、ノンポリ派がほとんど存在しなかったことは、シティというクルマが提案型の商品で、きわめてユニークな存在であったことを物語る。
 シティを開発したホンダの狙いは、シビックの下に位置するベーシックモデルの創出にあった。1972年に登場した初代シビックが目指した「理想的な小型軽量シティ・ランナバウト」という本来的なスタイルを追求したものだった。だからこそ、エンジンをはじめシャシーやスタイリングなどすべてを新設計としたのである。1980年代初めの国産車は、エンジン性能はもとより、室内装備の豪華さやカタログ上の数値的な高性能を追求するあまりに、ユーザー無視とも言えるクルマ作りが横行していた。こうした状況に対するアンチテーゼという意味合いもあったかもしれない。ホンダはクルマ造りの原点に立ち返り、真の意味での実用車を造り上げたのだ。いわば、シティの登場は国産実用車のルネッサンスだった。

トールデザインを先取り!

 シティは1570mmの全幅に対して1470mmの全高を持つ、当時のクルマらしくないバランスを、ホンダでは「トールボーイ」と称した。このスタイルが間違っていなかったことは、その後の軽自動車のほとんどが、このトールボーイ・スタイルになったことからもうかがわれる。軽自動車では、寸法的な制約からスペースユティリティの条件はシティ以上に厳しい。広さを求めると必然的に全高を高くする必要があったのだ。ちなみに一般的にクルマはロー&ワイドなほうがスタイリッシュに見える。シティが、機能性を前面に押し出したプレーンなデザインを採用したのは、新しさの演出と同時に“造形の必然性”をユーザー納得させるための戦略だったといえる。

 シティが搭載したエンジンも注目して良いだろう。直列4気筒OHC8バルブの排気量1231ccで、シティのために全く新しく設計されたユニットだ。大きな特徴は、ショートストロークによる高回転型ではなく、シリンダー内径66mm、ストローク90mmのロングストローク型であることだ。ロングストローク型は、高回転域は苦手だが、太い低中速トルクを引き出せるのが魅力。つまり実用車のエンジンとして最適な選択なのだ。シティ用はまずエンジンの基本を実用的なロングストローク型とし、それにホンダ得意のエンジンマジックを注入することで、高回転域を含めた俊敏なレスポンスを実現した。全域で爽快なエンジンに仕上がっていたのはホンダの面目躍如だった。また、シリンダー内部の燃焼をコントロールし、排気ガス浄化に大きな効果を持つ、ホンダの独自のコンバックス・システムを搭載したのも特徴だった。エンジンはすべてキャブレター仕様だがチューニングの違いにより3種(出力で61ps、63ps、67ps)があり、グレードに応じて使い分けられた。トランスミッションは5速および4速マニュアルとスターレンジを持つホンダマチックと称するオートマチックが設定された。サスペンションは前後ともにマクファーソン・ストラットで、リアはスペース効率に優れたコイルばね分離タイプとし、サスペンション・ストロークを大きくしている。ブレーキはディスク/ドラムの組み合わせだ。

実用的な“ポケッテリア”

 インテリアは異例にシンプルなもので、外観同様ホンダの理想をまとめた感じだ。どちらかと言えばヨーロッパ車、それもイタリアあたりの小型車の雰囲気を感じさせる。インパネ上部はもちろん、インパネ下側やドアトリムなど室内各所に実用的なポケットを配置し、オーディオも薄型の専用デザインとするなど細部まで使い勝手とデザイン性が吟味されていた。前席、後席共にスペースは十分で、特に天井が高い位置にあるので、ヘッドスペースはタップリあった。2リッター・クラスの乗用車から乗り替えても広々とした印象を受けたほどだ。前輪駆動のため足元も広く、居住性は外観から想像されるよりも大幅に余裕があった。トールボーイを採用した利点が室内空間にしっかりと生きていた。
 ボディは2ドア・2BOXのみで、モデル・バリェーションは標準モデルであるEグレード、スポーティモデルのRグレード、そして、商用車として経済性を重視したプロ(2シーターと5シーターから選べた)の3車種があった。また、オプションのひとつとして、後部トランクスペースにぴったりと収まるミニバイクのモトコンポがあった。決して乗り易いものではなかったが、シティの可能性を感じさせた。なかなかのアイデアである。
 ホンダが全長わずか3380mmというスペースに、大きな可能性を込めて売り出したシティは、当時TV-CMで流されたボーカルグループのマッドネスが歌うテーマソングと共に、クルマの持つ新しさ、楽しさを感じさせてくれたものであった。

韋駄天ターボの登場!

 シティの唯一の不満点は走りだった。決して遅くはなく、むしろクラス水準を抜く実力を持っていた。だがユーザーの期待値はもっと高いレベルにあった。しかしユーザーの心を掴むのに長けたホンダである。最適回答を準備していた。1982年9月にラインアップに加わったターボである。ターボはそのネーミングどおりターボで武装した心臓を持った生粋のスポーツモデルだった。排気量は1.2Lのままだったが、先進の電子制御インジェクションとの組み合わせで100ps/5500rpm、15kg・m/3000rpmの1.6Lクラスを凌駕するパワー&トルクを実現。5速トランスミッションとの組み合わせで、まさに“韋駄天”と呼ぶに相応しい抜群のパフォーマンスを披露した。足回りは前後スタビライザーやHR規格の偏平タイヤ、専用スポーツサスでしっかりと調律され、フットワークも秀逸だった。ちょっぴりジャジャ馬的な性格ながら2リッター・クラスのクルマと同等の速さを身につけていた。シティ・ターボはヤング・アット・ハートなユーザーの熱烈な支持を受ける。価格が109万円と性能を考慮すると抜群にお買い得だったことも人気の源泉だった。