オースターJX 【1981,1982,1983,1984,1985】

スポーティ派に向けた新世代FF

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「先進的小型乗用車」の模索

 ユーザーニーズの多様化に対応して、1977年に登場した2代目バイオレット/初代オースター/初代スタンザの3兄弟。この内、チェリー店系列のディーラーでリリースされたオースターは、スポーティ指向のキャラクターでオリジナリティ性を主張していた。

 オースターのフルモデルチェンジを企画するにあたり、開発陣は一段とスポーティ性を鮮明にする方針を打ち出す。パッケージ効率に優れるフロントエンジン&フロントドライブの新開発シャシーの上に被せるボディは、他の2兄弟が4ドアセダン/5ドアハッチバックなのに対し、オースターは4ドアセダンに加えて若々しいイメージの3ドアハッチバックを採用。さらに、専用デザインのフロントマスクとリアビューでスタイリングをアレンジし、“ハイセンスなスポーティ感覚”を強調したのだ。また、前マクファーソンストラット/後パラレルリンクストラットの足回りを強化し、Hレンジタイヤを組み込む専用仕様(市販時のグレード名は1800GT-ES)を設定し、オースターならではの個性を際立たせた。

 インテリアは基本的にほかの2兄弟と共通で、上端を低くして広い前方視界を確保したインスツルメントパネルに操作系を手元に集中配置したスイッチ類、FF方式を採用して広くなった室内空間などを特徴とする。また、上級仕様には空気吹き出し口を自由に選択できるプッシュスイッチ式ヒーターコントロールシステムやフロントドアアームレスト兼用小物入れなど、機能性に優れるアイテムを設定した。

サブネームを冠して市場デビュー

 2代目となるオースターは、1981年6月にT11の型式を付けてデビューする。FFという新しいメカニズムを採用した事実を強調するために、車名には「未知の世界=Xに飛躍する=Jump」という意味を込めて“JX”のサブネームを付けた。キャッチフレーズは「FFグランツーリスモ」。チェリー店系列で販売するスポーティ指向の小型車であることを、端的に表したコピーだった。

 オースターJXの車種展開は、4ドアセダンと3ドアハッチバックの2ボディに、CA16型1598cc直4OHC(90ps)とCA18型1809cc直4OHC(100ps)、そしてニッサンEGIを組み込んだCA18E型1809cc直4OHC(110ps)という3機種の新世代エンジンを搭載する。ミッションは5速と4速のMT、さらにニッサンマチックと呼ぶ3速ATを用意し、基本車種は23グレードのワイドバリエーションを誇った。

走り指向のユーザーから熱い視線獲得

 注目を集めたのは、CA18E型エンジンに5速MT、強化サスペンションなどを組み込んだ最強バージョンの“GT-ES”だった。当時のユーザーによると、「四輪独立懸架の足回りに強化サス、そしてラック&ピニオン式ステアリングがもたらす走りは安定しており、当時のFF小型車の中で最もスポーティな印象だった」という。また、セダンで139万9000円、ハッチバックで144万9000円(ともに東京標準価格)というGT-ESグレードの価格設定も、「装備内容に比してリーズナブル」だったそうだ。
 もう1点、オースターJXは別の市場でも高い評価を受けた。FF小型車の本場、欧州マーケットである。日産ではオースターJXをベースとしたモデルを世界戦略車として位置づけ、積極的に輸出展開する。欧州のユーザーにそのパッケージングや走り、価格設定などが好評を博したのだ。この状況を鑑みた日産は、結果的に次世代のオースターを英国日産(NMUK)の主力生産車に抜擢することとなる。

最大のライバルは身内の日産車!?

 スポーティなイメージを前面に押し出し、1980年代のFFグランツーリスモを標榜したT11型系オースターJX。しかし、シリーズ全体の販売成績は、デビュー当初を除いて予想外に伸びなかった。当時の販売スタッフは、その理由をこう解説する。「見栄えや室内の広さでは910型系やU11型系のブルーバード、価格面ではN10型系からN12型系にかけてのパルサー・シリーズに分があり、T11型系オースターJX(とバイオレット・リベルタ/スタンザFX)はその狭間に隠れがちだった。ライバルであるトヨタのカムリ&ビスタに対してコンパクトに見えたのもマイナス要因だった」。

 販売成績の復活を目指し、開発陣は懸命のテコ入れ策を実施する。1981年10月には装備を充実させた1600CS-Xを追加。1983年6月にはマイナーチェンジを敢行し、内外装のイメージを一新させる。さらに、同年11月には特別仕様車の1800GS-Xエクストラを発売。翌'84年5月には、スーパーサルーン・シリーズ(1600GS/1800GS-L)をラインアップに加えた。

 様々な改良と車種拡大を行ってオースターJXの市場でのイメージを引き上げようとした開発陣だったが、結果的に販売台数の伸びにはつながらず、1985年10月にはフルモデルチェンジを実施するに至る。3代目となるT12型系ではサブネームのJXが省かれ、欧州イメージを前面に打ち出すスリークな小型車に路線変更されていた。