サニー・エクセレント 【1971,1972,1973】

「豪華さと個性的なスタイル」がテーマの上級版



大衆車市場の高級志向化への対応

 自家用車の保有台数が飛躍的に伸びた1960年代後半の日本の自動車市場。大衆車ユーザーの要望は1970年代に向けて急速に多様化の様相を呈し始め、その中でもとくに高級化志向が顕著になっていた。この状況に対して日産自動車は、既存のサニーをベースにした上級大衆車のラインアップを企画する。

 新しい上級大衆車を企画するに当たり、開発陣が注力したのはスタイリングだった。ボディサイズはB110型系サニーのホイールベースを40mm、フロントエンドを170mm拡大。さらに、ロングノーズを生かしたV字形シェイプのフロントエンド、奥行きのある立体的な形状のグリル、コーナー部に集中配置したコンビネーションランプなどによって個性的な“顔”を演出した。

 インテリアは、明るさと高級感をテーマにデザインや各素材、カラーリングを厳選する。上級グレードにはクラス初の室内色に合わせたカラード・インスツルメントパネル&コンソールボックスを採用。インパネ自体も、コンソールボックスやベンチレーター吹き出し口をデザインした上質なタッチとした。シートについては前席にセミバケット型のリクライニングシートを装着し、スライド量も前60mm/後80mmを確保。またスポーティグレードには、専用デザインのハイバックシートをオプションで用意した。

ブルーバード用エンジンで余裕を演出

 開発陣はメカニズムについても徹底的にこだわる。エンジンは510型系ブルーバードに採用していたL14型1428cc直4OHCをベースに、細部にわたって改良を加えて搭載。燃料供給装置にはシングルキャブレターのほか、SUツインキャブレター仕様を設定する。また、全ユニットにクローズド式ブローバイガス還元装置およびアイドルリミッター付き気化器を装備した。組み合わせるトランスミッションには、ブルーバード用の皿バネクラッチと油圧式コントロールを備えた4速MTと日本自動変速機製の3N71B型3速ATを採用する。

 サスペンションに関しては、優れた走行性、高い信頼性、乗り心地の向上を目標に据え、フロントがブルーバードから流用してセッティングを見直したマクファーソンストラット式を、リアがサニーの二重防振機構付き半楕円リーフ式を専用チューニングして装着した。ブレーキは全車にタンデムマスターシリンダー(2系統式)を採用。さらに上級仕様には、マスターバックや前輪ディスクを組み込んだ。

サブネームは“優秀な、卓越した”

 日産自動車の新しい上級大衆車は、1971年4月に市場に放たれる。車名は「サニー・エクセレント」。同社の定番大衆車であるサニーの名に、“優秀な、卓越した”という意味のサブネームを付けていた。車種展開は2ドアクーペと4ドアセダンの2タイプのボディに、それぞれベーシックグレードのDX、上級仕様のGL、高性能モデルのGXを設定。このうちGXは、ツインキャブレター付きエンジンにマスターバック付きディスクブレーキ、コラプシブル・ステアリング、ラジエターグリル組み込み型フォグランプなどを標準で装備し、シリーズのイメージリーダーに位置づけられていた。

 デビュー当初のサニー・エクセレントは、まずCMや雑誌広告のキャッチフレーズで注目を集める。そのフレーズとは、「ハナがたか~い1400」。ロングノーズとL14型エンジンを採用した、ユーザーのハナが高くなるような上級大衆車である事実を、この言葉に込めたのである。事実、サニー・エクセレントは見た目の上級感、ボディの大きさ、内装の仕立てなど、既存のサニーとは一線を画していた。実際に走らせても、1.4Lエンジンによる力強い加速と走行安定性の高さにより、ひとクラス上のクルマに乗っているような印象を抱かせた。開発陣が意図した上級大衆車の特性は、見事に具現化されていたのである。

競合車は多彩、販売はやや苦戦

 大きな期待を込めて市場に放たれたサニー・エクセレント。しかし、販売成績は予想外に振るわなかった。当時の販売スタッフによると、「ブルーバードと車格がリンクしたこと、そして最大のライバルであるカローラ・クーペ1400よりインパクトが薄かったことが要因」と解説する。

 車格のリンクに関しては、「車両価格帯はサニー・エクセレントとブルーバード1400ともに同レベルの50万円台後半から60万円台。それなら、クラスが上でネームバリューも高く、しかもラリー・シーンなどで高性能イメージが定着していたブルーバードを選ぶユーザーが多かった」という。またカローラとの競合については、「サニー・エクセレントと同時期に発売されたカローラ・クーペ1400SRは、クラス初の5速MTに専用タイプの強化サスペンションを組み込んでいた。スポーティなイメージを全面に押し出したカローラ・クーペ1400に対し、同じ排気量で上級さを売り物にしたサニー・エクセレントはどうしても地味に見えてしまった」そうだ。

 この状況を打開するために、日産は1972年1月にサニー・エクセレントのマイナーチェンジを実施し、内外装の一部意匠や装備を変更してクルマの魅力度をアップさせる。その2カ月後には、ツインキャブレター付きエンジンのGXグレードにAT仕様を追加した。
 さまざまな改良を試みたサニー・エクセレント。しかし、販売成績は低調に推移し、1973年5月にはベース車のサニーとともにフルモデルチェンジが実施される。結果的に初代サニー・エクセレントの寿命は、わずか2年1カ月で終わったのである。