サバンナRX-7 【1978,1979,1980,1981,1982,1983,1984,1985】

一世を風靡したロータリーロケット

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洗練のボディを纏いRX-7登場

 1978年3月、マツダは新型のロータリーエンジン付き2+2スポーツである「マツダ・サバンナRX-7」を発売する。スタイリングは、それまでのサバンナが、セダンベースのクーペだったのに対し、一転して極めてクリーンなリアルスポーツルックになった。

 フロントはスムーズにスラントしており、ラジエターグリルはない。また、ヘッドライトは使わないときはボディ面と面一になるようにモーター駆動で仕舞い込まれる、リトラクタブルタイプとなっている。ボディは薄く、ウェストラインが低くなって、ガラスエリアが拡がったため、すっきりとした印象を与える。後部のガラスハッチは開閉が可能で、多くのラゲッジを積み込むことができた。

カニ目だったかもしれないRX-7

 RX-7のデザインは、1975年(昭和50年)から本格的にスタートしている。エクステリアは、飛行機のキャノピーをイメージ。デザイン検討を重ね、4種の1/5クレイモデルが作成された。クレイモデルのうち3タイプは丸型ヘッドライトの「カニ目」のような固定ヘッドライトを持ち、残る1つがリトラクタブルヘッドライトだったという。
 当初、固定ヘッドライト案の支持が高かったが、開発の最終に近い段階でリトラクタブルライトに変更、デザインは決定をみた。コストを重視して固定ヘッドライトを推す上層部の意見より、デザイナーの意向が尊重されたようだ。

屈指のハイポテンシャルを誇る

 RX-7の駆動方式はフロントエンジン、リアドライブ。エンジン搭載位置を後方に下げたフロント ミッドシップにレイアウトとされ、良好な前後の重量配分を生み出している。エンジンは単室容積573cc×2の12A型ロータリーエンジンで、最高出力130ps/7000rpm、最大トルク16.5kg-m/4000rpmを発揮する。ブレーキはフロントがベンチレーテッドディスク、後輪がドラムの組み合わせ。サスペンションはフロントがマクファーソンストラット/コイルスプリング、リアが4リンクとワッツリンケージ/コイルスプリングで固定軸を吊る。タイヤは185/70R13が装着された。

 車重は充実装備のLTDグレードでも1005kgと十分に軽く、最高速度は180km/h(リミッター作動)、0→400m加速は15.8秒と、当時の国産スポーティカーとして抜群の高性能を示した。この走行性能の高さこそが、ロータリーエンジン搭載車の魅力であり、RX-7の最大の美点だった。性能的には、2リッターエンジンを積むポルシェ924や2.8リッターエンジンを搭載するフェアレディZなどに匹敵し得るものだった。おまけに、価格は123万円から173万円とすこぶるリーズナブルな範囲にあったのだから、世の「走り屋」といわれる人たちが、先を争ってRX-7のステアリングを握ったのも当然だったろう。

デビューレースで、クラス優勝を遂げる

 RX-7の最初の国際的なレースは、1979年2月のデイトナ24時間レースであった。マツダは2台のワークスマシンを持ち込み、2.5L以下のGTUカテゴリーに参戦。1台は外国人ドライバーに委ねるが、もう1台は、片山義美、従野孝司、寺田陽次朗の日本人ドライバーがステアリングを握った。予選は、レコードタイムに1/1000秒差に迫った日本人組がクラストップ、2位に外国人組が入った。

 決勝は、24時間の耐久レースである。トラブルに見舞われ順位を落とすが、結果は日本人組がクラス優勝(総合5位)の栄冠を勝ち取り、外国人組がクラス2位につけ、ワンツーフィニッシュを達成した。その後、IMSAでの1980年〜87年のGTUマニュファクチャラーズタイトル8連覇など輝かしい戦績を残す。初陣となったデイトナ24時間と同年の1979年、RX-7はル・マンへの挑戦も始めた(ロータリーエンジンは1973年から参戦)。そして、スパ・フランコルシャン24時間レースでの日本車で初の総合優勝(1981年)など、RX-7は世界中のサーキットを席巻した。

WRC(世界ラリー選手権)での活躍

 IMSAでの活躍など、RX-7はサーキットでの戦績に注目が集まるが、WRCでも世界のスポーツマシンとの戦いに挑んでいた。時は1979年。グループ4のカテゴリーでランチャ・ストラトスが活躍していた時代に、モンテカルロラリーのグループ2でクラス優勝を果たした。そして、1983年になるとマツダはマツダ・ラリーチーム・ヨーロッパを設立。83年のアクロポリスラリーでクラス2位/3位(グループ2)の成績を収めた。

 翌年(1984年)、第6戦アクロポリスラリーで、グループB仕様のRX-7が登場する。しかし、驚くことに、このRX-7は2WD。アウディのスポーツクワトロやプジョー205ターボ16など4WD全盛の時代に”WDを選択していた。グループBのRX-7は、1985年の同じくアクロポリスラリーで、総合3位の偉業を成し遂げている。