チェリー・バン 【1970,1971,1972,1973,1974】

乗用3ドアHBイメージの“超えてるバン”

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開発者の理想型、それがバン!?

 1970年10月、“超えてるクルマ”というキャッチコピーともに誕生した日産チェリー。その中でも、最も超えていた存在が、商用車登録のバンだったかもしれない。チェリーは、すでにカローラと並ぶ存在に成長していたサニーとともに、日産の大衆車の2枚看板となるべく企画された画期的なコンパクトカーだった。欧州で主流になり始めていたエンジン横置き方式のFFレイアウトをホンダ・シビック(1972年7月デビュー)に先駆けて導入。コンパクトなボディながらひとクラス上の豊かな居住スペースと、FFならではの走行安定性を実現する。ちなみに開発は旧プリンス系の技術者が担当していた。

 チェリーは2ドア&4ドアセダン、そしてコマーシャルカーのバンのラインアップで販売がスタートし、1971年9月に大型リアゲート付きクーペが加わる。販売中心モデルはセダンだった。しかし開発にあたってエンジニアがメインモデルと考えていたのは3ドアHB(ハッチバック)だったという。もともとFFレイアウトは、合理的でムダを省いた駆動システムとして開発されたもの。スペース効率を考えると3ドアHBというのが最も自然だ。欧州ではフィアット127などFFレイアウトと3ドアHBの組み合わせが主流になっていた。

 しかし、当時の日本の保守的なユーザーにとっては、FFレイアウトというだけでも刺激的なのに、さらにHBとなるとハードルが高くなり、販売が苦戦すると日産の経営陣は判断した。そのためセダンを主力モデルの座に就けたのだ。だが開発陣は自分たちの本来の理想像も、世の中に届けようとした。それがバンだった。

遊びゴコロたっぷりの造形

 チェリーのバンは、元来はHBとして開発していたモデルだった。セダンを基本としルーフを後方まで伸ばし、ラゲッジルームサイドにウィンドーを追加するという、当時のバンの基本スタイルとは明らかに異なっていた。特徴的なウィンドーラインの後方に太めのCピラーを配置した小粋なスタイリングである。実にまとまりがよく、現在の目で見ると、遊びゴコロを備えた3ドアHBそのものだ。

 バンのラインアップは、上級版のデラックス(ラジオ、ヒーター組み込み強制ベンチレーター、ライター標準装備)と、ベーシックなスタンダードの2グレード構成。パワーユニットは排気量988ccのA10型・直列4気筒OHVユニットで、パワースペックは58ps/6000rpm、8.0kg・m/4000rpm。トランスミッションはフロアシフトの4速マニュアルと、コラムシフトの3速マニュアルから選べた。セダンと基本的なメカニズムは共通で、違いといえばラゲッジスペースに重量物を積んでも姿勢変化を少なくするためリアサスペンションを、セダンのトレーリングアーム式から、シンプルなリーフ・リジッド式にした程度だった。

走りはキビキビ、軽快

 全長3610mm、全幅1485mm、全高1380mmとコンパクトなボディサイズながら、チェリー・バンは室内、ラゲッジスペースともに広々としていた。前席は160mmのスライド量と17段階のリクライニング機能を持つハイバック形状のシートの効果もあり居住性は上々。最大積載量400kgのラゲッジスペースも荷室長1405mm、荷室幅1210mm、荷室高850mmとゆったりしており、しかも荷室地上高は後部に駆動システムを持たないFFレイアウトの利点で低かった。

 軽量ボディを生かした走りも俊敏だった。とくに加速に優れリッターカーながら、速さは1.5リッタークラスに匹敵。高速安定性にも優れていた。チェリー・バンは、お店のイメージを大切にするユーザーや、休日にはプライベートカーとして活用するユーザーに好まれた。セダンに設定する1.2ℓのツインキャブ・エンジンを積むスポーティ版や、ワゴンのラインアップを求める声も根強かった。個性的で抜群にお洒落な存在、まさに“超えてるクルマ”だった。

4種のパッケージを設定。“超えてるオプション”

 チェリー・バンが乗用車と同じ感覚で企画されていたことは、セダンと同様の4種のオプション・パッケージを設定していたことでも明白だった。用意されたのは「ヤングパル(ウッドステアリング&シフトノブ/ハロゲンフォグランプ/アクセントストライプなど)」「カスタムパル(特製フロントグリル&ホイールキャップ/間けつ式ワイパーなど)」「ファッションパル(レザートップ/ナンバープレートトリム/ルーフバイザーなど)」「ファミリーパル(高級カーステレオ/2点式シートベルト/ヒールマットなど)」の4種。

 カタログでは「ちょうどお気に入りのネクタイやコスチュームを選ぶときのようにチェリーのために用意された特別注文部品」と記載されていた。商用車にこのようなオプション・パッケージは現在でも異例。チェリー・バンのお洒落なキャラクターを際立たせる工夫は、実に入念だった。