ステルビオ 【1989,1990,1991】
新進オーテックと名門ザガートのコラボレートモデル
クルマに対するユーザー指向の多様化と個性化が、一気に進んだ1980年代中盤の日本の自動車市場。その対応策として日産自動車は、特装車造りの人材と機能を集結させた独立会社のオーテックジャパンを1986年9月に設立した。
歴代スカイラインの開発を指揮した桜井眞一郎氏が初代社長となり、神奈川県茅ヶ崎市に居を構えたオーテックジャパンは、会社設立から1カ月ほどして営業を開始し、翌1987年5月には建屋(本館/デザイン棟/エンジン実験棟/工場など)が竣工する。当初の業務は、日産製量販車をベースにした乗用および商用の特装車の開発・生産やモータースポーツ車用エンジンの開発、チューニング&ドレスアップパーツの開発・生産などがメインだった。一方、会社の業務が軌道に乗るに連れて、新たなステップアップも模索される。それは、社名を冠したオリジナルのクルマを開発し、市場で発売するという大胆な戦略だった。
オーテックジャパン初のオリジナル車を企画するに当たり、開発陣はインパクトの強さを踏まえて、高級スペシャルティカーのカテゴリーで思い切って勝負する方針を打ち出す。シャシーやエンジンに関しては、日産のF31型系レパード用をベースとすることに決定。一方の内外装のアレンジについては、イタリアの老舗カロッツェリアであるザガートと共同開発する決断を下した。製作手順は、まずオーテックジャパンがパワートレーンのチューニング変更やサスペンションの強化を行い、その後にイタリアのミラノに居を構えるザガートのファクトリーに輸送。そこでボディシェルを架装し、内装を組み付けたのち、再び日本に送り返してフィニッシュさせるという手法を採用した。
オリジナルの高級スペシャルティを開発するに当たり、まずオーテックジャパンはF31型系レパードのフラッグシップユニットであるVG30DET型エンジン(2960cc・V6DOHC24Vインタークーラー付きターボ)を選択し、多岐にわたるチューンアップを実施する。燃料供給装置や吸排気系の見直し、専用ターボおよびインタークーラー、オイルクーラーなどを装着した結果、最高出力は標準の255ps/6000rpmから280ps/6000rpmに、最大トルクは同35.0kg・m/3200rpmから41.0kg・m/2800rpmにまで向上した。また、マニフォールドのカバーには“tuned by AUTECH”のロゴを貼付する。組み合わせるミッションは、フルレンジ電子制御4速ATであるE-ATの1本に絞った。
開発陣は、この強力エンジンを支えるシャシーにも徹底的に手を加える。前マクファーソンストラット/後セミトレーリングアームのサスペンションは、ダンパーとスプリングともに大幅に強化。加えて、取り付け部などの入念な補強も施す。さらに、制動機構にも専用の4輪ベンチレーテッドディスクブレーキを装着した。
一方のザガート側では、ハンドメイドで仕上げたアルミ製ボディやカーボンファイバー製のフロントフード、レザーやウッドパネルを奢った内装パーツなどを、オーテックチューンのシャシーに組み付ける。スタイリング上の最大の特徴は、左右のフロントフェンダーに組み込まれたサイドミラー。桜井氏の提案のもと、ザガートのデザイナーが苦心して完成させたこのデザインは、良くも悪くも新しい高級スペシャルティカーの存在感を際立たせた。ほかにも、オーテックの頭文字を模したフロント中央部のエアインテークや抑揚のあるサイドライン、伝統のダブルバブルのルーフ、ブラックスモーク処理されたリアライトカバーなど、随所にザガートならではのオリジナリティが発揮されていた。
ボディと内装が組み付けられた日伊合作の高級スペシャルティカーは、日本で入念な走行テストが実施されて改良を加えた後、1989年にいよいよ市販に移される。車名はアルプスに向かう峠の名称で、数々のレースの舞台ともなったSTELVIOにちなみ、「オーテック・ザガート・ステルビオ」と冠した。
限定生産200台の予定で市場に放たれたステルビオは、その特異なルックスや1870万円という超高価なプライスタグなどで、業界関係者やクルマ好きから大注目を浴びる。ただし、アクの強いスタイリングや納期の長さなどが災いし、日本での人気はいまひとつ。また、基本メカがF31型系レパードと共通だったため、「レパードのボディを乗せ換えただけの改造車」と誤解されてしまうことが多かったことも、ステルビオにとって大きなマイナスポイントとなった。
実際にステルビオを走らせると、F31型系レパードとは明らかに異なる強烈な加速感やしっかりとした足回り、さらに贅を尽くしたコクピットの雰囲気に魅了されたという。オーテックジャパンとザガートが本気でタッグを組み、最大の情熱を込めて生み出した希少な高級スペシャルティカー−−それが現在の目から見たステルビオの真の姿なのである。