HSR(コンセプトカー) 【1987】
21世紀に求められるクルマ像を追求した4WDスポーツ
三菱は技術指向のメーカーである。エンジンやボディ、駆動系にライバルに先駆けて最新テクノロジーを積極的に導入し、ライバルを凌駕するクルマ作りを伝統的に行ってきた。1987年の東京モーターショーに出品したコンセプトカーのHSRは、その三菱のアイデンティティを象徴する存在だった。
HSRは、「21世紀に求められるクルマ」を真摯に追求したアドバンス・リサーチモデルとして開発された。しかもそれに搭載したメカニズムは、同年に発売したギャランVR-4がベース。夢物語ではなく、実際に走り、曲がり、止まる、“21世紀のクルマ”だった。
三菱が考える21世紀に求められるクルマの価値とは「地域間の移動をより速く、より安全に、より快適に移動すること」。具体的には高速道路や一般道路のほか、μが低い雪道やラフロードといったあらゆる道路条件での走行をドライバーの技量に関係なく、安全に余裕を持ってスピーディに運転できるクルマだった。
HSRは“速さ”という面で、強力なパワーユニットだけでなく、空気抵抗や駆動系、タイヤの抵抗を低減し、エンジンのパワーアップと同等の効果を発揮するよう工夫していた。HSRが搭載したのはギャランVR-4用の4G63型をベースにした2ℓの直4DOHC16Vターボ。中空式エキゾーストバルブ、新素材コンロッド、動弁系、回転系の軽量化を図り、さらにターボチャージャーを大型化することで最高出力295ps/8000rpm、最大トルク33.7kg・m/5000rpmをマーク。このエンジンは単に高出力・高性能なだけでなく、低燃費や中低速域でのトルクアップも開発目標にしており、その実現のためターボの過吸圧を最適に調節するウェイストゲートバルブをジェット多段制御としていた。
空気抵抗の低減は、曲面で構成したスタイリングで実現。ボディ全体を滑らかに仕上げるだけでなく、ボディ下部への空気の流入を極力抑えることで、当時世界最高レベルのCd値0.20をマークした。さらにスチールパネルによるモノコック構造を基本に、キャビンをパイプフレームで仕上げた独自のボディ設計や、ボディパネルへのケブラーとポリカーボネイトの採用によって高剛性と軽量化を両立させたのも特徴だった。
ドライバーに技量に関係なく、安全に余裕を持ってスピーディに運転できる、という命題に対しては「アクティブフットワーク」と命名したシステムが対応した。
これは前述の4バルブDOHCエンジン、4WD、4WS(4輪操舵機構)、4IS(4輪独立サスペンション)、4ABSに加え、アクティブECS(4輪独立制御ダンパー)をトータルに制御するシステムで、個々の技術の足し算ではなく、統合制御することによる相乗効果によって最良のパフォーマンスを引き出すことを狙っていた。
HSRはコントロール系も新しかった。人間の反応速度を超える超高速域でも、普通の運転技量のドライバーが安心してドライビングできるよう、OCS(オーバーオール・オペレーティング・コントロールシステム)を取り入れたのだ。メーカーはOCSについて、鳩のナビゲーション能力や、コウモリの超音波探査能力、イルカのインテリジェンスなど、自然界の動物たちの能力を手本に運転を容易にするシステムと説明した。
実際、HSRのパフォーマンスは非常に高いレベルにあった。モーターショー前に茨城県・谷田部の日本自動車研究所の高速周回路で走行試験を実施。見事に300km/hを超える超高速を叩き出して見せたのだ。しかも300km/hは瞬間最高速ではなく、巡航速度だった。HSRのフットワークは安定しており、ドライバーにまったく緊張を強いなかったという。チューニングが施されたとはいえ、HSRは2ℓの市販車用エンジンを搭載したモデルである。それでいながらこの高性能、しかも卓越のスタビリティを見せつけたのだ。HSRは三菱の主張の通り、21世紀のクルマと呼ぶに相応しい完成度の持ち主と言えた。まさに技術の勝利だった。HSRは1987年以降、1997年モーターショーに出品したHSR-Ⅵまで進化。三菱の21世紀に向けたクルマ作りのショーピースとして成長を続けることになる。