エスコート 【1980,1981,1982,1983,1984,1985,1986,1987,1988,1989,1990】

FFレイアウトに刷新した欧州フォードの中核モデル

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フォード版グローバルカー“Erika”の開発

 1973年10月に勃発した第4次中東戦争は、世界中の自動車メーカーに大きなショックを与えた。ガソリン価格の高騰や電力供給量の制限、激しいインフレなどが市場を襲い、さらに自動車需要の低迷によって史上稀に見る打撃を受けたのである。世にいうオイルショックだ。この苦境下で脚光を浴びたのが、燃費性能に優れる小型車の存在だった。とくに高効率なパッケージングの横置フロントエンジン・フロントドライブ(FF)方式が注目を集め、欧州ではVWゴルフ、日本ではホンダのシビックが販売台数を大きく伸ばした。

 世界市場での拡販を目指す次世代の小型グローバルカーは、FF化することが必然。そう判断したフォードの技術陣は、自社の中核小型車であるエスコートをFFにする方針を打ち出す。同時に、従来の英国と西ドイツの共同開発体制に米国が参加し、より多くの市場に対応する小型車の完成を目指した。プロジェクトを率いたのは、社内の敏腕ディレクターであるエリック A.ライカート(ライヘルト)。開発車のコードネームは彼の名にちなみ、“Erika”と命名された。

第3世代となるエスコートのデビュー

 1970年代後半を目いっぱい使って開発されたErikaは、第3世代のエスコート(マーク3)として1980年9月に欧州で市場デビューを果たす。また、米国では一部意匠を変えてマーキュリー・リンクスの車名で1981年より製造・販売を開始した。
 駆動レイアウトをFFに刷新した3代目エスコートは、基本骨格に新開発のCE14プラットフォームを採用する。ホイールベースは2393mmに設定。スチールモノコック構造で仕立てたボディは、3/5ドアハッチバックと3ドアエステート(1983年に5ドアエステートも追加)をラインアップした。懸架機構はフロントにマクファーソンストラット/コイルを、リアにトレーリングアームで縦方向を、トランスバースアームで横方向を位置決めしてストラットタイプのダンパーとコイルを配した4輪独立懸架をセットする。ステアリング機構にはシャープな操舵が得られるラック&ピニオン式を導入した。

 フロントに横置き搭載するエンジンは、新開発のCVH(Compound Valve angle Hemispherical combustion chambar)直列4気筒OHCユニットの1296cc(69ps)/1597cc(79ps)をメインに、従来の改良版となる通称Valenciaユニットの1117cc直列4気筒OHV(55ps/59ps)をラインアップする。遅れて1608cc直列4気筒ディーゼル(54ps)も設定した。トランスミッションにはBC4型4速MTを採用。後にBC5型5速MTやATX型3速ATも用意した。

スポーティバージョンXR3シリーズを設定

 エクステリアは、欧州フォードに籍を置き、タウナスやカプリのデザインでその名を業界に知らしめたウーベ・バーンゼンが辣腕を振るう。ハッチバックは、短いノッチを設けた2.5BOX風のフォルムに広いガラスエリア、異形角形ヘッドライトと横桟基調のグリルを組み合わせた端正なフロントマスク、シャープなサイドビューなどで飽きのこないスタイリングを創出。伸びやかなルーフラインや広大な面積を持つリアガラスなどによって、使い勝手のよさと積載性の高さを外観から主張した。FF化によって居住スペースが拡大したインテリアは、操作性や視認性、使い勝手などを最大限に重視して各部をデザインする。質感も従来モデルより大きく向上させた。

 1981年になると、VWゴルフGTIを意識したスポーツモデルのエスコートXR3が登場する。ボディタイプは3ドアハッチバックで、専用デザインのフロント&リアスポイラーやアルミホイール、ブラックアウトしたグリルおよびウィンドウモールなどを組み込んでスポーティ感を演出。インテリアにはサポート性を高めたスポーツシートやスポーツステアリングを装備した。搭載エンジンはCVHユニットの1597cc直列4気筒OHCで、燃料供給装置にツインキャブレターを組み込んで96ps/13.5kg・mのパワー&トルクを発生する。4輪独立懸架の足回りには専用セッティングを実施し、シューズには185/60HR14サイズを装着。最高速度は182km/h、0→100km/h加速は9.7秒と公表された。

スポーティモデルXR3の進化

 1983年モデルになるとXR3は燃料供給装置にボッシュKジェトロニックを新採用。グレード名をXR3iに変更する。パワー&トルクは105ps/14.0kg・mに向上。トランスミッションは従来の4速MTから5速MTに換装され、最高速度は186km/hに高まった。

 さらに同年、エスコートにコンバーチブル仕様のカブリオレが加わる。オープンボディの開発を担当したのは、名門コーチビルダーのカルマン社。カブリオレは、ロールバーなど万全のボディ補強を施したうえで、耐候性の高いソフトトップを装備した。エンジンなどの主要スペックに関しては、XR3iに準ずる。スポーティかつ爽快なドライビングを楽しめる点が、カブリオレの訴求点だった。

最強モデルのRSターボをリリース

 XR3iやカブリオレが登場した1983年には、115psを発生する1597cc直列4気筒OHCエンジンを搭載した高性能バージョンのエスコートRS1600iを限定生産する。そして1984年になると、発展型のカタログモデルとしてエスコートRSターボを発売した。

 RSターボのパワートレインは前述の1597cc直列4気筒OHCエンジン+ボッシュKジェトロニックにギャレットエアリサーチT3ターボチャージャーを組み込んだ専用ユニットで、パワー&トルクは132ps/18.4kg・mにまで引き上げる。トランスミッションは最終減速比を3.82とした5速MT。最高速度は206km/hと公表された。3ドアハッチバックのボディおよびシャシーは基本的にXR3iに準じるが、パワーアップに則して強化型のサスペンションやブレーキ、195/50VR15サイズの高性能タイヤなどを装備する。さらに内外装では、RSターボ専用デザインのアルミホイールや空力パーツ、フロントフォグランプ、レカロシートといったスペシャルパーツを設定した。

フェイスリフト実施してマーク4に移行

 1986年3月になると、コードネーム“Erika-86”として開発されたフェイスリフト版が市場デビューを果たす。通称マーク4と呼ばれるニュー・エスコートは、内外装の近代化および装備の充実化を実施するとともに、1391cc・CVHエンジンを新採用。サスペンションにも手を加え、操縦安定性と乗り心地の向上を図る。RSターボのブレーキ機構には、ABSを組み込んだ。さらに1988年には、1753cc・Lynxディーゼルエンジンや1118cc/1297cc・HCS(High Compression Swirl)エンジンを設定する。また、XR3iの燃料供給装置はボッジュKジェトロニックから自社開発のエレクトロニックインジェクションに換装した。

 フォードの新世代FF小型車として、また本格的なグローバルカーとして生産されたエスコートのマーク3およびマーク4は、1990年9月にフルモデルチェンジ版のマーク5が登場するまで、欧米の幅広い市場で高い支持を受け続ける。とくにスポーツバージョンのXR3シリーズは、俊敏な走りと優れた実用性を兼ね備えたホットハッチモデルとして、若者層を中心に熱い人気を獲得した。フォードの開発現場にFFレイアウトの技術を蓄積させ、またその機構の採用に大きな自信を持たせ、さらにスポーツモデルの重要性を再認識させたエポックメイキング車−−。それがエスコート・マーク3/マーク4というクルマの真価なのである。