オートザムAZ-1 【1992,1993】

超痛快ガルウィングMRスポーツ!



東京モーターショーでの提案

 マツダは1989年の第28回東京モーターショーにショーモデルとして「オートザムAZ550スポーツ TypeA,B,C,」と名付けられた軽自動車規格の2座席スポーツカー3台を展示した。A,B,C,とは3種のスタイルの異なるモデルで、それらはアルミモノコックフレームにFRP製のアウタースキンをボルトオンするという独特の構造が可能にしていた。実は3車の基本骨格は共通。したがって、3車ともホイールベースなどは同一となっていた。水冷3気筒DOHC12Vのエンジンはミッドシップ配置とされ、後輪を駆動する。タイプAはリトラクタブル・ヘッドライトとガルウィング・ドアを持ち、タイプBは通常の横開きドアを持ったクーペ、そしてタイプCはグループ.Cレーシングカーのイメージをそのまま縮小したようなスタイルとなっていた。いわば、同じシャシーを使ったモジュラー・タイプのスポーツカーである。軽自動車規格のAZ550は、“身近なスーパーカー”として、大いに注目を集めることになった。

ミッドシップの本格スポーツ軽

 1989年のモーターショーから3年後の1992年秋、ショーモデルではタイプAに相当するガルウィング・ドアを持ったタイプAが、オートザムAZ-1の名が与えられて、市販に移された。ちなみに、オートザム(AUTOZAM)とは、マツダが展開していた販売ネットワークの一つである。この当時、マツダは販売チャンネルを5つも持っており、各々に専売車種を展開していた。

 市販型AZ-1は、基本的にはショーモデルそのものと言える仕様だったが、細部は安全基準を満たすために変更が加えられていた。最大の変更点は、ヘッドライトがリトラクタブル式から円形の固定2灯式に変えられたことだ。また、アルト・ワークスから流用されるエンジンもショーモデルでは排気量550㏄だったものが軽自動車規格の改定に伴い657㏄へと拡大され、64ps/6500rpmの最高出力と8.7㎏・m/4000rpmの最大トルクを得ている。トランスミッションは5速マニュアルのみの設定でオートマチック仕様は無い。これで車重が720㎏なのだから性能的には十分以上である。マクファーソン・ストラット/コイルスプリングのサスペンションは、FWD(前輪駆動)であるアルト・ワークスの前輪用を前後に用い、ブレーキは4輪ディスク、ABSはオプション設定、パワーステアリングは装備されない。

 AZ-1は基本設計こそマツダ作品だが、社外の多くの協力会社によって誕生していた。エンジンや足回りをはじめとするメカニカルパーツは、スズキからの調達品。生産も社外である。AZ-1の生産を担当したのは広島県のクラタ。大正13年に建築金物の生産をはじめた老舗で、マツダとは燃料タンクの生産や、各種金型の製作、ボディパネルのプレス加工などで密接な関係を持っていた。クラタはAZ-1用スケルトンモノコックフレームの製造とともに、アッセンブリーラインを新設して完成車組み立てまでを担当した。

夢広がるガルウィング!

 AZ-1最大の特徴であるガルウィング・ドアは、ルーフ中央部を通るフレームにヒンジを付け、サイド・ウィンドウとドア諸共上方に開くことができる。必然的にサイド・ウィンドウは開閉できず、左右のウィンドウの一部(開口部の寸法は高さ13cm、幅52cm)が上げ下げできるようになっている。高速道路のチケットなどを受け取る時のためである。ランボルギーニ・カウンタックと同じやり方なのが微笑ましい。
 室内スペースは二人の乗員のためにはミニマムで、ドライバーズシートはスライド可能だが、助手席は固定され、リクライニング機構も無い。オーディオなど快適装備のほとんどはオプション設定とされた。ただし、エアーコンデショナーは標準装備となっていた。面白いのは、インスツルメンツのレイアウトで、特にメーター類は、ドライバー正面にサイズの大きなエンジン回転計が置かれ、速度計は小さくなっている。如何にもレーシング・スピリッツに溢れたスポーツカーらしいデザインであり、デザイナーの拘りが見える部分だ。価格は149万8千円と軽自動車としては決して安価ではなかったが、そのデザインとスタイルの特異性で少なからざるファンを獲得した。AZ-1。それはバブル期という奇妙な時代が残した楽しい幻影であった。