Be-1 【1987,1988】

ハートウォームなパイクカー



ショーで注目を集めた自然体のクルマ

 1985年10月、東京の晴海の世界貿易センターを会場にして開かれた第26回東京モーターショーは、日本がバブル景気前夜ということもあり、それまでにない活況を見せた。各メーカーは電子制御を中心とする新技術を相次いで披露し、コンセプトカーは未曾有の23台を数えた。
 そんな中で、日産自動車のブースに一台の小さなコンセプトカーが展示された。パンプキンイエロー(かぼちゃの黄色)に塗られたそのクルマには、「心地良さ優先のナチュラルカー」と言う言葉が添えられた。それは、最新技術のオンパレードと言える周囲の展示車両とは明らかに異なる雰囲気を醸し出していた。コンセプトカーの名前は「Be-1」。ネーミングは、展示されたモデルが、数多くのアイデアが出された中のB案の最初のものだったことに由来した。実はこのモデルに対して当初は日産の技術陣としても、余り大きな期待はかけていなかったという。従って、ショーの会場でも、ブースの片隅に追いやられている感じがあった

尖った槍が意味するもの

 1980年代半ばのこの時期、日産に限ったことではなかったが、国産車のメーカーは新型車のスタイリングやメカニズムの設計、モデルそのもののポジショニングの決定に関して、いずれもある種の壁に突き当たっていた。メカニズム部分では電子制御を積極的に導入することで、世界有数のレベルに届こうとしていた。それも大幅なコストダウンと共に。しかし、スタイリングや個々のモデルの位置付けに関してはほとんど何も研究されていなかった。メーカーがきちんとユーザーニーズが把握できていなかったため、クルマの方向性が見えなくなってしまっていたのだ。

 そんな状況を打破するべく、日産が提案したのがBe-1であり、パイクカーのコンセプトだった。パイク(Pike)とは先の尖った槍とか、急峻な山の頂などを意味する英語だ。転じてある目的だけに絞り込んだコンセプトに基づいてデザインされたクルマのことを言い表していた。Be-1のコンセプトに沿って翻訳すると、あれも、これもと欲張らずに、心地よく水準を満たす走りの性能を持った愛情の持てるクルマということである。余分な装備や性能を極力排除し、必要にして十分な装備と性能を備えたクルマだ。クルマの原点回帰とも言えるこのコンセプトは、見る者にきわめて新鮮なインパクトを与えた。不要不急の電子技術に狂乱する国産車に対する一種のアンチテーゼでもあったのだ。

生産は限定1万台。原点回帰を提唱

 モーターショーにコンセプトカーとして発表されたBe-1は、それから1年2ヶ月後の1987年1月13日にショー・モデルと変わらないBe-1の名を得て発売された。とは言え、月産400台の限定生産であり、総計1万台で販売を打ち切るという限定販売モデルとなっていた。ところが、モーターショーの会場でも高い注目度と多くの問い合わせが殺到したほどだったから、時間が経ってからの販売開始だったが、予約注文が殺到。発売当初からプレミアムが付くほどだったという。そして、瞬く間に予定した販売台数は完売してしまった。
 Be-1は、小型実用車の原点回帰を提唱したクルマである。しかしその成り立ちには特に目新しいものはない。直接のベースとなったのは、1982年にデビューした前輪駆動のリッターカー、マーチであり、そのボディ外板とインテリアを全面的に造り変えたものに過ぎなかった。いわば、中に入れる酒を変えずに革袋を取り換えたというわけだ。

先進技術も探すとあった!?

 メカニズムはエンジンやトランスミッションを含め、主要メカニズムのすべては初代のマーチそのままである。フロントに横置きで搭載されるエンジンは水冷直列4気筒OHC、排気量は987ccで出力は52ps/6000rpmだ。ショー出品時はターボ付きだったが、生産化にあたってスペースの問題から自然吸気ユニットに置き換えられた。トランスミッションは5速マニュアルか3速オートマチックを選ぶことが出来た。サスペンションやブレーキもマーチと同一であり、駆動方式も前輪駆動である。全長や全幅、全高はベースとなったマーチより僅かに大きい。それらはほとんど数センチの違いだから、サイズ的にも同じとみて良い。グレードは標準仕様とキャンバストップ仕様の2種のみとなっていた。
 Be-1で技術的に注目されるのは、ボディ外板にフレックス樹脂パネルを多用し、独特のスタイリングを実現した点にある。前後フェンダー部とエプロン部分などがそれで、エンジンフードやドア、トランクリッドなどは金属パネルが使われている。樹脂と金属の併用は、特に塗装が難しくなり、生産性の低下は避けられなかったという。その見返りとして、ベースがマーチとは思えない独特のスタイルが生まれることになった。

 インテリアは全面的にデザインし直されており、インスツルメンツパネルやドアトリム、シートに至るまでBe-1のオリジナルとなっている。おそらく、その生産コストは量産型マーチの数倍になっているはずである。販売価格はもっとも安価な5速マニュアル・トランスミッション付きが129万3千円だった。ボディカラーはイメージカラーのパンプキンイエローの他にハイドレインジアブルー、トマトレッド、オニオンホワイトがあった。